すっごい綺麗な物には逆に近付きたくない。


例えばだ。
目の前に一面の銀世界が広がっていたとする。

キラキラと光ってて凄く綺麗だ。


でも、俺が足を一歩踏み出すと俺の足跡が付いちゃう。
その世界に“俺”という要らないものが入り込んでしまう。

だから、綺麗な物は見つめるだけで良い。
触れると壊してしまうから…。








「日本一かぁ」

部活帰りにコンビニでお菓子を買って公園に寄り道をする。



雷門中はFFで優勝して日本一になった。
俺はあまり実感ないけど…それでも雷門中サッカー部である事を誇りに思う。

ベンチに座ってジュースを飲みながら考える。

まさか、あの帝国を叩きのめした世宇子に勝てるなんて思わなかった。

世宇子のキャプテンは自らを神だと名乗った。
最初は何言ってんだコイツって思ったけど、確かに彼なら自分の事を神だと言っても良い気がする。

そのプレイに目を奪われた。
サッカーって、あんなふうに綺麗にプレイ出来るのかと。



だから俺はあのキャプテンが…アフロディが苦手だ。


綺麗な物や目立つ物が苦手。自分とは違うから。


アフロディとか、その苦手な物の塊じゃないか。



あぁ、


でも…




どうして、俺はアフロディの事ばかり考えているんだろう。

向こうはきっと、俺の事なんて名前どころか顔さえ分からないだろうに。



「あれ?君…」

靴の汚れが気になって、そろそろ洗わなきゃなぁ…なんて考えていたら、その足元に俺のものじゃない影がかかった。

顔を上げると、そこにいたのは自称神さまのキラキラとした人間…、


「やっぱり、君…雷門のサッカー部だよね?」

「…………」

「あ、あれ?違った?」

軽く首を傾げるだけでサラサラと流れる綺麗な髪。
口元に指先を添えてキョトンとする表情は、その辺の女子より何倍も可愛いと思う。

俺が何も答えないから不安なのだろう。ジッと見つめてくる。あぁ、何か答えなきゃ


「ぁ…いや、違わない」


それを言うのがやっと。
俺の事を雷門サッカー部だと認識してるなんて…ちょっとドキドキするのはびっくりしたからだ。きっと、そう。


「半田くん、でしょ?」

「えっ!?」


まさか名前まで知ってるなんて…
俺の声に驚いた表情のアフロディに、信じられない気持ちで聞く。


「俺の事知ってるの?」

「え…だって、試合したじゃない。…あ、もしかして僕の事分からない?僕は」

「アフロディ」

「何だ、知ってるんじゃないか」

にっこり笑ったアフロディは、俺の側に座る。
え、何で?この人、俺と会話する気満々なの?


「忘れられたのかと思った」

「いや、アフロディを一度見て忘れる奴なんていないよ」

「あはは、何それ。どういう意味?」

「お前、綺麗だし…」

言いかけて慌てて黙る。
“綺麗”なんて言われて喜ぶ男はあまり居ないだろうし。


「あっ…と、逆にお前が俺を覚えている事にびっくりだ」

俺なんて何もかもが平均的で特徴なんて何も無いのに、
とりあえず話を逸らそうとしても、こんな事しか言えない。


「だって、君は綺麗だったから」

「…………は?」


アフロディの言う言葉の意味が一瞬、理解できなくて反応が遅れた。

アフロディを見ると、アフロディは綺麗に(そう、綺麗ってこういう時に使うんだよ)笑っていた。


「試合の前に、軽く練習するでしょ?…その時の君が、凄く綺麗だった」

「は?凄い必死だったんだけど」

決勝前だったから緊張して、体に力入りまくりだったに違いない。
あれの何が綺麗なのか。


「凄く真っ直ぐで、一生懸命だった」

「それは…俺だけじゃないだろ」

皆そうだったし、円堂の真っ直ぐさに勝てる奴なんていないと思ってる。

そう言うとアフロディは頷いた。


「うん。そうだね…でも、君はバランスが良いんだ」

「バランス?」

「気を悪くしないでね?…特別何かに秀でている訳ではないけれど、それが綺麗なんだ。どこから見ても悪くない。バランスが良くて綺麗だ」



言っている事は何となくわかるが、言いたい事が分からん。



恐らく、それが表情に出てたんだろう。アフロディはクスクスと笑った。


「ごめん。そういう考えの持ち主は僕だけかも」

「俺は全然綺麗じゃない」


もう良いや、コイツには“綺麗”ってのが何なのか教えてやらなきゃ

「お前の方が綺麗だよ」

「僕?」

「そう。さっき言っただろ?一度見たら忘れないって…お前みたいな綺麗な奴忘れようとしても難しいよ。それにサッカーをしてる姿だって…感動すら覚えた奴いるんじゃねぇの?」

呆気にとられているような表情をしているが、それさえ綺麗なんだから世の中は不公平だ。

アフロディは数秒、黙ったが「そうだね…」と呟いた。


「僕は美しいよ、なぜなら神だから」

胸元に手を当てて「ふふっ」と笑う。様になってるなぁ…どこの役者だよ。


「でもねぇ、半田くん…こんな言葉を知ってるかい?」


アフロディは立ち上がって俺の前に立つと、まるで天使か何かの絵に描かれてるみたいな微笑みを浮かべた。




「美しいものを美しいと思える貴方の心が美しい」


「……え?」



数秒してから、アフロディの言葉の意味に気付いて顔が熱くなる。




「おっ…まえ、キザだな」

「ふふふ、女の子を口説く時の参考にしてくれて構わないよ」

「…遠慮する。俺には恥ずかしくて出来ない」

少し、赤くなってるに違いない頬を擦る。








綺麗な物は苦手だ。


触れると壊してしまうから。



けれど、触れなきゃ守る事も出来ない。

少し、勇気を出して踏み出してみたら…

そこに俺の足跡を刻んだら、
それはそれで綺麗かもしれないと思えてきた。




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