「何か懐かしいねー」
小さな公園にて、緑川は軽くボールを蹴りながら笑って言った。
「小さい頃はこんな風にボールを転がすくらいしか出来なかった」
コロコロと転がってきたボールを受け止めてヒロトが頷く。
「むしろ、緑川はボールを蹴ろうとして転んでたもんね」
「それは言うなって」
緑川は苦笑して、返ってきたボールを手に取り「喉渇いた…何か飲み物買ってくる?」と、視線を公園の外へと向けた。
「俺が行くよ、何が良い?」
「緑茶」
「分かった。待ってて」
ヒロトの姿が見えなくなると、緑川はリフティングをして時間を潰す。
2、3度ボールを上に蹴り上げた時に、自分の名前を呼ばれた気がして振り返る。
「あれ…晴矢?」
少し離れた所に居た晴矢はニッと笑い、緑川に近付いてきた。
その隣には緑川の知らない青年がいる。
「風介と一緒じゃないの?その人は…」
「緑川、俺と一緒に来い」
「え?」
晴矢の言葉に緑川がキョトンとしていると、青年が目の前に立つ。
「初めまして、ちょっとお話しようか?」
「………っ?」
「緑川、緑茶って種類がたくさん…晴矢?」
コンビニに行っていたヒロトが公園に戻ってくると、そこには先程まではいなかった晴矢がいた。
晴矢はニヤリとヒロトに笑みを向けたが、緑川は俯いたままヒロトを見ようとしない。
「緑川…?」
すぐに異変に気付いたヒロトは険しい表情になる。
晴矢は更に笑みを深くして、口を開いた。
「緑川がどうしてもお前に別れを言いたいって言うから、待っててやったんだぜ?」
「…別れ?」
ヒロトが晴矢を見るのと同時に緑川がヒロトの名を呼んだ。
ゆっくりと顔を上げて、無表情のまま小さく言う。
「……さよなら、だよ」
「何……言ってるの?」
ヒロトが近付こうとした時、晴矢が「近付くな」と声を発した。
「…っ、どういう事?緑川に何したの?」
「……風介にでも聞いてみれば?」
「風介?………お前、風介は」
そう言えば、いつも晴矢と一緒にいるはずの風介がいない。
「緑川、行くぞ」
ヒロトが問いただそうとした時に、晴矢は会話を打ち切るように緑川に声をかけて歩きだした。緑川も晴矢の言葉に頷いて、その後に続く。
「……」
未だに状況を理解出来ないままのヒロトは、そこからすぐにその場を動く事が出来なかった。
ややあって、晴矢の言葉を思い出すと携帯を取り出した。
「…風介?俺だけど。話がある」
そうして、家に来るように風介を呼び出すとアフロディと共にやってきた。
ヒロトから話を聞いた砂木沼も出かけ先から戻ってきており、神妙な顔をしている。
「説明してくれる?晴矢は風介に聞けと言っていた」
「それが…私にもよく分からないのだが」
風介は時折、俯いて頭をがしがしと掻きながらアフロディと二人で説明した。
「カイ…ね」
ヒロトは「分かった」と頷いた。
「俺もチームに入れてくれ。力になるよ」
「それは有り難い…メンバーが足りなかったんだ」
アフロディが微笑むとヒロトは砂木沼にも目を向けた。
「砂木沼もチームに入るよね?」
「……いや」
「え?」
砂木沼の返事にはヒロトだけでなく、風介達も驚きの表情を浮かべた。
「私は裏方に回ろう…そのカイという奴について調べる。戦う相手の事を知らないのは良策とは思えん」
「それは、そうだが…」
「いや、砂木沼の言う通りだ」
納得していない様子の風介の言葉を遮り、ヒロトは「頼むよ」と砂木沼に頷いてみせる。
「…僕、羨ましいなぁ」
「?」
突然、アフロディがその場にそぐわぬ発言をして3人の注目を集める。
「何がだ?」
風介が聞くと、アフロディは少し恥ずかしそうに「だって…」と話す。
「君達、南雲くんと緑川くんの為にこんなに一生懸命…もちろん、僕だって同じ気持ちだけれど、君達は家族みたいなものだろう?何だか羨ましい」
「………」
「痛っ、何するの」
アフロディの側に居た風介が無言でその頭を殴った。
「ならば、お前は私の家族じゃないとでも言うのか」
「……え」
「話はもう終わった。行くぞ」
立ち上がった風介はアフロディを待つ事なく、歩きだす。
「素直じゃないなぁ…」
「…ふっ」
呆気に取られるアフロディと、思わず笑みをこぼした二人だったが、アフロディは直後に意味を理解した。
「もう…扱いにくいなぁ、あの二人」
「南雲と涼野の扱いにくさは昔からだ」
「君はこれからずっとソレに付き合うんだよ」
「うん……覚悟するよ」
そう言うアフロディの表情は幸せそうに微笑んでいた…。