「今日の練習はこれまでだ。昼食を食べたら午後は大掃除をする」

久遠の言葉に不満げな表情の者が数名。素直に頷く者が数名。大した反応を見せない者が数名。

イナズマジャパンの子供達はそれぞれ久遠の指示に従い、食堂へと向かった。


「皆さーん、午後もたくさん動きますから。たくさん食べてくださいね」

春奈の笑顔…というより、その言葉に壁山がいち早く反応して嬉しそうに返事をする。

「たくさん食べるッス!!」

「お前はちょっと抑えた方が良いんじゃないか?」

風丸が冗談めかして言うのに壁山が「そんなぁ」と情けない声を出せば、そのやり取りを見ていた冬花と秋がクスクスと笑う。


緑川はこんな風に皆でわいわいとするのが好きだった。昔のお日さま園を思い出すからだ。

やはり、たくさんの仲間と過ごす時間は楽しい。


それなのに…、


緑川はふと、一人だけ離れた席に座って既に食事を始めている不動に目を向ける。

どうして、アイツはいつも一人で居たがるのだろうか…淋しくないのかな、つまらなくないのかな…


緑川は一瞬、迷った後に食事の乗ったトレイを持って不動の向かいの席に腰掛けた。

「……」

不動は一瞬だけ動きを止めて緑川を見たが、すぐに視線を逸らして食事を再開させた。


「今日さ、動きが良くなったってヒロトに言われたんだ」

「…?」

突然、何を言うのかと不動は食事の手は止めないままに緑川を見た。

緑川は不動と目が合うとニコッと笑う。


「後さ、休憩時間に壁山と走る勝負したんだけど壁山ってばスタートしてすぐに転んじゃって」

「…見てた」

「ほんとっ?凄かったよね。豪快なこけかたで笑っちゃった」

「壁山は泣き面だったが」

「うんうん…それがまたおかしくってさ。あ、それからね」

緑川が今日あった事を話していく度に、不動は短くではあったが受け答えをした。迷惑そうにしている訳でもないので、緑川は上機嫌に話し続ける。


「あ、何か俺ばっか喋ってるな…不動は何かないの?」

「……俺は良いから。お前が話せば」

「…でも俺、不動の事何も分からないからさ」

「……」

不動は数秒、黙ってから「…聞いてる方が好きだ」とだけ言った。

「そっか」

緑川は頷き「でも、そろそろネタが尽きてきたなぁ…」と腕を組む。


何か不動に聞かせてあげられる面白い話はあったかと、緑川が真剣な表情で唸るのをみて不動は「ふっ…」と微かに笑った。

「また何か、面白い事が起こったら聞かせろ」

「うん。分かった……不動さ、笑った方が良いよ。俺、そっちの方が好き」

「…っ、アホか」

不動は食べ終わっていたトレイを持ち、立ち上がると足早にその場を離れた。

「……?褒めたつもりなんだけどな」

緑川はその後ろ姿を見ながら首を傾げた。





「緑川と虎丸と不動はこの倉庫な」

風丸から掃除道具を受け取り、緑川達は埃っぽい倉庫の中へと足を踏み入れた。


「俺と円堂は向こうの外階段、鬼道と豪炎寺があっちの玄関にいるから」

風丸はそう声をかけると、箒やらゴミ袋やらを持っていなくなった。



「…まず換気ですね」

虎丸が口元を抑えるのに頷き、三人は扉を全開にして窓を開け…少しずつ掃除を進めた。


緑川はガラクタとしか思えないようなものばかり詰まった箱を棚の上に置こうとしていた。


「…っと、もうちょい」

空いたスペースが上の方にしか無かった為に、下の段に足をかけて上に手を伸ばしていた…その時、


「…うわっ!!」

足を踏み外したはずみに箱も手から離れ、棚の上にあった物達まで巻き添えにして落ちてきた。


「緑川っ!!」


尻餅をついた緑川には派手な音を立て様々な物が降ってくるのが見えた。
緑川は咄嗟に目を閉じて衝撃にそなえたが、その衝撃はなく…恐る恐る目を開けると、不動が自分に覆いかぶさるようにしていた。

「…不動?」

「不動さんっ、緑川さん!!大丈夫ですかっ?」

虎丸が慌てて二人に駆け寄る。

「大した事ない」

不動は立ち上がって服についた汚れを落とす。

「何してんだ…余計散らかったんだから早く片付けるぞ」

床に座り込んだまま、不動を見上げていた緑川はハッとして「うん…」と頷いた。

「あ…の、ありがとう」

「別に」

お礼に対してもそっけない。虎丸は腑に落ちない表情で緑川と不動を見る。

しかし、再び掃除を始めた不動に緑川も虎丸も、何も言わずに後に続いた。







大掃除が終わり、ミーティングも終わり…夕食まで自由時間となる。

緑川は何となく不動が気になり、視線を向けると不動はちょうど壁にもたれようとした時で、壁に背中が当たった瞬間に顔を顰て身体を離すのが見えた。

もしかして、あの時に背中を痛めたのでは…?


緑川はそれを確かめようとしたが、不動はすぐにその場を離れて自室へ戻ってしまった。

「……」






自室に戻った不動は背中の痛みに舌打ちする。先程、緑川を庇った時に何か固い物が背中に落ちてきた。

それは時間が経つにつれて痛みを増す。
しかし背中では自分で見る事も出来ない。不動が再び舌打ちをした時、扉をノックする音が聞こえた。

扉を開けると、目の前に飛び込んだのは救急箱。

「……」

それが少し下に下がり、バツが悪そうに笑った緑川と視線が合う。


「背中……見せて?」







「…ごめん」

「もういい」

「でも、痛そう」

不動の背中に湿布を貼りながら緑川が泣きそうな声で言う。

「何でお前がそんな声出すんだよ」

「俺のせいじゃん」

「違う。俺が勝手に動いたんだ」

不動のシャツを下ろして救急箱の蓋を閉じた緑川は、不動の前に回りその顔を覗き込む。

「っ、…何だよ?」

「…不動さ、もっとたくさん話してよ」

「は?」

「俺、不動が何考えてるか全然分かんない…好きな物も、嫌いな物も」

「別に…知る必要ないだろ」

「…俺が好きなの知ってる?」

「………チーズケーキ?」

確か、今日の昼にそんな事を言っていた気がする。しかし、それが何だと言うのか…話の流れも全く見えない、


「ほら」

緑川はベッドをポンッと叩いて言う。

「不動は俺の事知ってるでしょ?でも、俺は不動の事知らないなんて不公平」

「お前な…それは、お前が勝手に」

「俺の事知ってほしいからっ」

「……」

「…不動の事も、知りたいから」

緑川はそれまで、ずっと不動の目を見ていたが段々と下に下がっていき、ついには完全に下を向いてしまった。


「………駄目?」

「……はぁ」

不動が溜め息をつくのに、緑川が反応する。



「…ごめん」

「すぐに謝る奴は嫌いだ」

「………」

「…表情がくるくる変わる奴は面白い」

「…?」

「甘いものは苦手だ」


緑川が顔を上げて目を丸くして不動を見る。


「俺の……事は?」

「……嫌いではない」

「…そっか」


泣きそうな顔でくしゃっと笑う緑川に、不動は内心溜め息をついていた。




感情をコントロール出来なくなる相手には、どう接したら良いんだ…







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友人に「不緑は萌えない」と言われて、むしゃくしゃしてやった。反省はするが後悔はしない。



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