※高校生パラレル
嗚呼、面倒臭い…
━ ドサッ
「いたたた…」
目の前に落下してきた金髪の男。
俺は校舎裏を歩いていただけなのに、危うく巻き添え死するところだ。
上を見上げると、2階の非常階段の手摺りの脇に鞄の一部分が見えた。恐らくあそこから落ちたんだろう。
見上げた視線を今度はそのまま下に下ろす。落ちてきた男は乱れた長い金髪を煩わしそうに掻き上げ、ぶつかって出来たであろう手の傷の血を舐めた。
そこで、初めて俺に気付いたように顔を上げて俺の名前を呼んだ。
「あれ、風丸くん…こんな所にいて、危なかったね」
「…普通はこんな状況には陥らない場所のはずなんだけどな」
俺は呆れて溜め息をつきながら腰に手を当てて、落ちてきた男…照美に言う。
「また失敗したのか」
「うん。人間の身体って結構、頑丈なんだね」
照美は立ち上がって制服に付いた汚れを軽く手で払って落とす。
「あんな中途半端な高さから飛び降りるからだろ。屋上にしろ」
「だって、あんまり高いと身体がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃない。僕は綺麗に死にたいのに」
照美はそう言いながら、側の階段を昇っていく。そして2階の踊り場で自らの鞄を取ると、手摺りから身を乗り出した。
「明日。僕、数学当てられるから授業始まる前に教えてね」
そう言って校舎の中へと消える。
今死のうとしてた奴が明日の数学の事とか気にしてんなよ…。
俺は再び溜め息をついて、一度上を見て何も落ちてこないのを確認してから歩きだした。
照美は死にたがりだ。
何度も自殺を試みてはその度に失敗している。
俺が初めて照美と会ったのも、自殺未遂現場だった。
「……………」
学校のプールに人が俯せで浮いている。
綺麗な金髪が広がって、水面でゆらゆら揺れながら太陽に反射してキラキラ光っていた。
今は夏休み中。
俺は部活が終わって、使われていないであろうプールに忍び込んで涼を取ろうと思っていたのだが…、
浮いているのは、やっぱり人…だよな?
そう思った瞬間にプールに飛び込んでその人をプールサイドに引き上げた。
仰向けに寝かせて顔に張り付いた髪を払うと、まず見た事ないような整った顔立ちをしているのに驚いた。
すると、すぐにパチッと目が開いて深紅の瞳が俺を捉える。
意識はあったのか…?
その男(一瞬、女かと思ったが胸がなかったから多分男)は数回ゆっくりと瞬きをしてから小さく呟いた。
「…失敗」
「は?」
上体を起こした男は俺を見て笑う。
「死ぬのに失敗した。ところで、君は誰?」
「え、風丸…一朗太」
思わず素直に答えてしまってから先程の男の発言を訝しむ。
「死ぬのに失敗したって…」
「風丸くん、ね…僕は照美。よろしくね」
会話が成り立っていない気がする…照美は立ち上がるとその場を去ろうとする。
「ちょ…お前、待てって」
俺の声に振り返った照美に、呼び止めてから何で呼び止めたのか考える。
無意識にした行為に俺は顔を顰めた。
「お前…死のうとしてたのか?」
とりあえず何かを言おうと思って、口から出たのはこんな言葉。それに照美は微笑んだ。
「僕はね…神様になりたいんだ」
照美があまりにも綺麗な笑顔で言うから、その言葉を当たり前の様に享受し、納得してしまった。
それから俺は、2学期から転入してきた照美の自殺未遂現場にちょくちょく遭遇するようになった。
出来るだけ綺麗なまま死にたいらしい照美の自殺方法はどれも中途半端で、決定的に死ねそうなものではない。
教師達もどうにかして照美の行為をやめさせようとしたが、無理だった。
時々、俺の知らない傷を付けてるのを見ると「あぁ、また失敗したんだな」と思う。
それだけだった。
放課後。
俺は本屋に行く為に家とは反対方向に向かっていた。
歩いていると角の向こうから女の人の怒鳴り声がする。喧嘩だろうか…それにしては相手の声は聞こえない。
その角は曲がる角ではなかったが、声につられてチラリと視線を向け……止まった。
明らかに水商売をやっていそうな女性と、照美。
女性は綺麗な顔立ちだったが、その表情は歪んでいて台なしだった。
「アンタが居るから私は遊ぶ暇もなく、仕事してんのよ!!分かってんの!!?」
「……」
「アンタのキチガイな行動のせいで転校までして、まだやってるらしいわね?学校から連絡が来たわ」
「…ごめんなさい」
「『何か悩みがあるみたいです、我々と共にお母さんも照美くんを助けましょう』?馬鹿じゃないの?」
「………」
「あぁっ、もう!!どいてよ!!仕事に遅れるわ!!」
女性は照美を突き飛ばす。始終俯いていた照美は壁にぶつかり、そのまま座り込むが女性は見向きもせずにその場を離れた。
「……」
照美は動かない。
左腕が壁にぶつかった右腕を押さえている。よく見ると、血が流れていた。あまり綺麗な壁ではないから突起した部分にでもぶつかったのだろう。
どのくらい経ったか分からない時間。
俺はゆっくりと照美に近付いた。
「また失敗したのか」
照美は顔を上げて俺を確認すると、にっこりと笑った。
「うん…また失敗しちゃった」
しゃがんで照美の傷付いた腕を取る。
「?」
そのまま、いつか照美がしていたように血を舐めとった。鉄の味が口いっぱいに広がる。
「…風丸くん?」
「……面倒臭いな、お前」
「…っ」
本当は死にたくないくせに
ただ、守りたいだけなくせに
神様になんて、
なれやしないのに…
照美の頬に流れた涙を見て、
嗚呼、こっちも拭わなきゃ
なんて、
また面倒臭い事を考えた。