『もし親と恋人、どちらか一人しか助けられないとしたらどちらを助ける?』
『状況が分からない』
『じゃあ、海で親と恋人が溺れていてお前はボートの上。ボートは二人乗り』
『んー、俺が降りて二人を乗せる』
『惚れてまうやろ』
「ふむ…」
俺はパソコンの画面を見ながら、考えた。
もし、俺がその状況に置かれたら…確かに二人を助けるだろう。
その行為は間違っていないのか…良かった。
「何パソコン見ながら満足げに頷いてるんだ気持ち悪い」
現在、情報処理の授業中。しかし、教師は出張とかで実質ただのネットタイムになっていた。
佐久間は俺のパソコンのディスプレイを覗き見ると、直ぐさまバシッと俺の肩を叩いた。
「授業中に2chなんか見るなよ」
「成神に教えてもらったんだ…色んな情報が得られる。信憑性に欠けるのが難点だが」
というより、動画サイトで帝国サッカーの動画を見ているお前に言われたくない。
そんな気持ちで佐久間を見るが、もちろん俺達の間にテレパシー能力なんてあるはずもなく。
佐久間はニコニコと上機嫌だ。
「あぁ、さすが鬼道さん。何て愛らしいペンギンさんを出すんだろう」
「…良かったな」
とりあえず、反応はするが佐久間の耳には入っていないだろう。いつもの事だ。
俺は軽く溜め息をつきながらマウスを動かし、開いていたブラウザを閉じた。
俺の恋人は美しい。
「源田くん」
待ち合わせ場所にて、アフロディは俺を見つけるとふわりと微笑み、軽く駆け足に近付いてきた。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「いや、それ程でもない」
まるで天使のような容貌で(本人曰く神らしいが)町を歩いていると、大抵の人間がアフロディを見ている。
その側で並んで歩いているだけで優越感を感じる。
こいつは俺の恋人なんだ。他の誰がアフロディを見ようとも、アフロディが見ているのは俺だけ。
これ程、自慢できる事が他にあるだろうか。
「あ、そうだ」
「ん?何だい?」
「一つ聞いて良いか?」
歩く歩調を若干緩めて隣のアフロディを見る。
俺の視線を受け止め「ぅん?」と軽く小首を傾げると綺麗な金髪がさらりと肩に流れた。
「もし、俺とアフロディの…そうだな、母親が海で溺れていて、アフロディがボートに乗っていたとするだろ?」
「うん…?」
アフロディは俺の意図がまだ理解出来ないらしく、僅かに困惑した表情を浮かべた。
そんなアフロディも可愛いなどと思いながら、その肩にかかる髪を後ろに流してやりながら質問を続けた。
さて、アフロディは何と答えるだろうか
「そのボートは二人乗りで、どちらか一人しか助けられないとしたらどちらを助ける?」
「え、母親」
間髪入れずに答えるアフロディに一瞬、固まるが…まぁ、それがアフロディだな、うん。
「…一応、理由を聞いても良いか?」
アフロディは視線を前に戻し、口を開く。
「源田くんは、母親を見捨てて自分を助けるような僕が好きなの?」
「え…」
「僕はやだなぁ。残りの人生、源田くんに『母親を見捨てた男』と認識されながら生きていくなんて」
アフロディは少しだけ早く歩くと俺の前に来て立ち止まり、真正面から対峙すると「それに…」と悪戯っぽく笑う。
「もし僕が降りて君達二人を助けたとするだろう?そしたら君は僕の居ないこの世界で生きていけるの?」
その言葉に思わず吹き出す。
「確かに…無理だな」
「そうでしょ?だからね、僕は君を見捨てるよ」
「あぁ」
「そしてね、母親を無事に家まで送り届けたら」
アフロディは俺の手を取ると包むようにしてぎゅっと握りしめ、今日一番の笑顔を見せた。
「その後に、君の所に行くよ」
あぁ…やはり、神様には敵わないな