フィディオは表情がコロコロと変わる




「お前は最近携帯を見ながらニヤけてるな」

「え、マジで?」

鬼道に言われて思わず掌で口を覆うと「いや、今じゃなくて」と苦笑された。

前に、フィディオと街中でばったり会ってからその場の流れで一緒に昼飯を食ったりした。その時に連絡先を交換してからちょくちょくメールや電話のやり取りをしていたんだが…。

ミスターK…って言うか、影山のチームと試合をした時はあまり喋らなかったけど、話してみると結構面白い奴で暇潰し程度だったが遊びに誘って良かったと思っていた。


「あー、最近メル友出来てさ」

「メル友?」

鬼道が首を傾げるのに適当に笑って返してから自室に戻る。いや…別に相手はフィディオだって言えば良いんだけど、何となく…そう、何となく秘密にしておきたかった。


「イタリアの白い流星」とか言われて、ヨーロッパでもかなり注目されているらしい。いや、俺だって一応はあの帝国サッカー部の一員で日本代表だし、同じ土俵に立っている…と、思いたい。


「…ん?」

ベッドに放り出したままにしていた携帯のランプがチカチカと光っている。

開いてみるとメールが1件
フィディオからだった。瞬間、顔が緩んだのに気付いてハッと口元を抑える。

「…コレか」

うわぁ、俺キモい。
こんな姿を鬼道に(もしかしたら他のメンバーにも)見られていたかと思うと恥ずかしい。

バフッとベッドに倒れ込んで携帯を操作してメールを開く。



―――――――――――――
from:フィディオ

title:Buona sera!!
―――――――――――――
今日も練習お疲れ様!
ゆっくり体を休めてね

昨日、佐久間くんから聞いた
日本の話をアンジェロ達に話
したんだけど信じてもらえな
かったよ(≧ヘ≦)

パスタに明太子は衝撃的すぎ
たみたいだね(笑)
マルコのあの時の顔を佐久間
くんに見せてあげたかったな



ところで、明日は俺達は練習
休みなんだけど
ジャパンはどう?
もし、休みならイタリアエリ
アに遊びにおいで♪
色んなところを案内してあげ
る!(b^ー°)

   ---- END ----

―――――――――――――


メールの内容に思わず笑う。まず明太子の説明からしないといけないだろうに…


でも、それよりも遊びの誘いの方が俺にとっては重要だ。
明日はジャパンも丁度休みだったから、行くという内容の返信をする。

すぐに「嬉しい、楽しみにしている」といった内容の返信が来た。


俺も楽しみだ。
何だろ…この感じ。普通に友達と遊ぶ約束をした時とはまた違った感じなんだけど、よく分からない。



「ま、いっか」

遠足前日の小学生みたいにウキウキとしていたが、やはり練習後の疲れからくる睡魔には勝てずに俺はいつしか眠りに落ちていた。





翌日。
バスに乗ってイタリアエリアへ向かう。この島はバス一つで世界旅行をしている気分になるな…、


「あれ?」

俺が降りる予定のバス停が見えてきた。
そしてそこに立つフィディオの姿も…、



「宿舎まで行こうとしてたのに」

バスから降りて、ニコニコと俺を出迎えてくれたフィディオにそう言えば、

「少しでも早く佐久間くんに会いたくて」

とか言ってきた。


「……っ」

さすがはイタリア男だ…口説き文句を呼吸するかのように言うな……


って、

俺は女じゃないから、別に口説かれてる訳ではっ、

「佐久間くん?どうかしたの?」

黙った俺の顔をフィディオが心配そうに覗き込む。

「な、何でもない!!それより美味いパスタの店!!約束しただろ?」

「あ、そうだったね。こっちだよ」

すぐにパッと明るい笑顔になったフィディオに連れられて入った店のパスタは本当に美味しかった。


「イタリアからパスタを取り寄せてるんだって」

「へぇ…じゃあ、ちゃんと本場の味なんだな」

「そう。でも、佐久間くんには俺が作ったパスタも食べて欲しかったなぁ…」

「え、作れるのか?」

驚いてフィディオを見つめると、照れた様な笑顔で頷く。

「マルコからね、生地の作り方からちゃんと教えてもらって…俺の結構美味しいんだよ?」

「じゃあ、今度作ってくれよ」

俺は明るい感じで言ったんだけど、何故かフィディオは微妙な顔付きになって困った様に微笑んだ。

「…フィディオ?」

「…あ、近くにジェラートのお店もあるんだ。ご飯食べたらそこに行こう」

話を逸らされた気がするけど…深追いしない方が良いな。

そう思って、俺はただ頷いた。





夕方になって、フィディオが「とっておきの場所に連れて行ってあげる」と、俺を連れてきたのは小さな教会だった。


「ここね、完成してないんだよ」

「え、まだ?」

「造りかけで工事が中止したんだ…街の方にもっと大きい教会が出来たから」

「なるほど…」

確かに、ここは街から外れた所にあるし、通ったりするのは難儀かもな。

「中、入れるんだよ。行こう」

「ん」

鍵も付けられてない扉から入った教会は確かに造りかけ…でも、ほとんど完成していた。
ステンドグラスから射す夕日が綺麗だ。


「ねぇ、佐久間くん…」

二列に並ぶ教会特有の長い椅子に二人で座って、少しするとフィディオが小さく俺の名前を呼んだ。

「…ゴメンね」

「何が?」

「俺ね……君が、好きなんだ」

「………」

「友達、じゃなくて…女の子を好きになる気持ちで好き……ゴメンね」

横に座るフィディオを見ると、フィディオは俺の事は見ずに下を向いて辛そうに話す。

「……お願いがあるんだ」

「………何」

「キス、して良い?」

そこでフィディオは俺を見て悲しそうに笑う。
どうして…こいつは笑顔だけで色んな感情を表せるんだろう。楽しそうだったり、困ってたり、辛そうだったり、

今みたいに悲しそうだったり…、


「もう…きっと君には会えないから……だから」


  さよならのキスを…





俺が何も言わないのを肯定と受けとったのか、フィディオが俺の頬を撫でる。真っすぐにその青い瞳を見つめていると、段々と近付いてきた。


「……っ」




短かったかも知れないし、長かったかもしれない。
そろそろ夕日も沈みかけて、少し薄暗くなってきた。

「ありがとう…」

フィディオがそう言って、身体を離そうとしたからその腕を捕まえる。

「…佐久間くん?」


あぁ……分かった。


「今度は…」


普通の友達には感じなかった気持ち…


「俺の番」


フィディオにだけ、感じてた。


「え?」


さっと近付いて、触れるか触れないかの一瞬のキス。

恥ずかしくて顔を上げられない。


「さっきのが…さよならのキスだったから…」

視線を落とした先にあるフィディオの手をギュッと掴んだ。


「今のは…始まりのキス、だから」


だから…もう一度始めよう。



何も言わないフィディオがどんな表情をしているのか気になった。
きっと、また俺が初めて見る表情をしているに違いない。

そう思ってゆっくり顔を上げたら、
泣きそうな笑顔のフィディオが一瞬だけ見えた。

何故、一瞬だけだったかと言うと、すぐに抱きしめられて顔が見えなくなったからだ。




こいつは…後どれくらいの表情を持っているんだろうか。


そんな事を考えながら、俺はその背中にゆっくりと手を回した。




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