「辺見くん」
「………」
「何だその何も言ってないのに嫌そうな顔は」
帝国サッカー部の部室にて。
そろそろ練習も始まろうというときに佐久間が辺見に話しかけていた。
「お前が俺の事を名前で呼ぶなんて…しかも“くん”付けだと?」
「俺だってたまにはそんなセンチな日もあるさ」
「何でセンチな気持ちで俺の名前を呼ぶんだよ」
「好きだから」
「はいはい……はい?」
一度、軽く聞き流した辺見だったが言葉の意味を理解すると佐久間を信じられないものを見る目で見た。
━ ガタンッ
近くにいた成神が履こうとしていたスパイクを落とす。
「辺見先輩の浮気者!!」
「いや、俺かよ!?つか何だよ浮気って!!」
「好きだー、辺見ー、愛してるー」
「怖いわ!!何で無表情の棒読みなのに微妙に頬を赤らめてるんだよ!!」
成神はそんな佐久間を見て、どこから取り出したのかハンカチを噛み締めて一昔前の悔しがり方をしてみせる。
「きーっ、俺の方が辺見先輩を愛してるのに!!佐久間先輩がそこまで辺見先輩の事を想ってるのなら俺は潔く身を引きます!!しくしくしく…」
「お前、絶対に面白がってるだろ」
「そろそろ練習始ま…何してるんだ?」
扉を開けて入ってきた源田は、辺見に擦り寄る佐久間とそれを引きはがそうとする辺見。そして、それを見て泣きまねをする成神に一瞬固まった。
「昼メロごっこ」
成神がそう答えれば佐久間は「違う」と言い、源田の前に来て源田に深々と頭を下げる。
「佐久間次郎は、辺見渡を世界で一番愛しています」
「…何処かで聞いたことあるな、その台詞」
「…つか、せめてそこは俺に言えよ。何で源田なんだよ」
「あれー、佐久間先輩ってマジなんですかね?」
成神がキョトンとして言えば、辺見がハッとする。
「え…マジ?」
佐久間はくるりと振り返り、未だに朱に染めた頬で辺見ににっこりと笑いかける。
「…っ」
普段の言動の悪さから、あまり意識することはないが佐久間は見た目は綺麗だ。
おとなしく微笑まれたら、胸が高鳴ってしまうのも無理はないだろう。
「本気だって…俺、辺見の事が」
「……」
辺見はこの一瞬の内に色々と考えていた。
男同士って付き合えるものなのか?いや、確か源田は世宇子のアフロディと付き合っていた気がする。
俺は全くのノーマルのはずだ。しかし、佐久間のこの笑顔はヤバいと思う。
付き合ってみても良いかなんて…そんな事まで考えてしまいそうだ…、
「辺見の事が、す…」
━ バタンッ
「……………え?」
視界から佐久間が消えた。
いや、違う。
視線を下にずらすと、床に佐久間が倒れていた。
「佐久間!?」
「先輩!?」
佐久間を抱き上げる。息が荒い。
「これは…」
源田が呟く。
「発熱しているな」
「ドンマイ、辺見先輩」
「どうせこんな事だろうと思ったさ!!」
「は?俺がデコの事好きな訳ないだろ」
すっかり回復した佐久間は普段の佐久間に戻っていた。
成神から事の顛末を聞かされた佐久間は思い切り顔を顰てそう言い放った。
「はいはい。そっちの方がお前らしいわ」
辺見はタオルをパタパタさせながら部室を出る。
残されたのはムスッとした表情の佐久間と、何やらニヤけた表情の成神。
「……何だよ」
佐久間が成神を睨みつければ、成神は笑って言った。
「先輩ってば、素直じゃなーい」
「…っ、黙れ!!」
「痛い!!」
ボールを投げつけられ、成神は部室を飛び出して辺見に泣き付く。
呆られながらも辺見に宥められる成神は、追いかけてきた佐久間に向かって、辺見に見えないように舌を出して挑発した。
「〜〜〜〜っ!!」
そして、ボールをぶつけられるのは辺見…、
「苦労するなアイツら」
源田はボールを磨きながら、呟いた。