自己満足でも構わない
ただ、君の傍にいたいだけ…
Act.2 君を想う
「はぁっ…」
風丸はかじかむ手に己の息を吹き掛けて擦る。それで暖を取れる訳ではないが、気休めにはなるだろう。
気温はもちろんだが、北海道の空気は東京とは違う。凛と張り詰めたような…身を引き締めてくれるような空気だ。
傍を歩く円堂をチラリと見る。
今までと違う…何処か大人びた表情の円堂に、複雑な気持ちが込み上げてくる。
なぜか泣きそうになるのを堪えて顔を前へと向ける。
前を歩くのは豪炎寺と…あの時の青年。
青年は名を『カイ』といった。
今、三人はカイに連れられて北海道へと来ていた。
目指しているのは白恋中…カイは言った。
「彼を迎えに行くんだよ」
聞かなくてもわかる。“彼”とは、吹雪の事だろう。
一体、カイの目的は何なのか…そんな事はどうでも良かった。
ただ、自分は選んだこの道を進むだけ。
行き着く先がどんなに深い闇の底だろうと構わない。
それが彼の選んだ道ならば、
風丸はゆっくり瞬き、感情を殺す。
俺はその背中に付いていくだけだ…、
「これが白恋中かぁ」
カイがほぅっと白い息をつきながら微笑む。
豪炎寺が白恋中に来るのは初めてだが、円堂と風丸は2回目だ。しかし、久しぶりの白恋に感慨に耽る様子もなく、無感情にカイの後ろに立っていた。
カイは特に返答を期待している訳ではなかったようで、3人の無反応にも気にする様子も見せずに再び歩き始めた。
そしてグラウンドに着く。
グラウンドでは白恋のサッカー部の子供達が部活動に励んでいた。
「吹雪くーん!!いくよ!」
「うん!!」
紺子の蹴ったボールは弧を描き、吹雪の元へ。
そのまま吹雪はゴールへと走る。
「ウルフレジェンド!!」
「うわっ」
吹雪の放ったシュートはキーパーである函田の横を当然のように擦り抜けて決まる。
「アハハ、もうちょいだね」
吹雪が笑顔で言うのに、周りの子供達も笑って頷く。
「何処がもうちょいなんだか…」
カイが小さく呟く。
吹雪がカイに気付いて首を傾げる。
誰だろうか…、この近辺に住んでいる者なら分かるはずだが。
「君は本当にこんな所で満足しているの?」
「…え?」
「君の力はこんなものじゃないでしょう?もっと強い仲間と、もっと強いチームと」
「…何を、言ってるんですか?」
吹雪は戸惑い、他の白恋の生徒も吹雪の所に集まってくる。
この青年は誰だろう…嫌な予感がする。
吹雪くんを近付けてはいけない。
子供達の直感だった…
しかし、
「お前を迎えに来たんだよ」
カイの後方から現れた少年の姿にハッと息をのんだ。
「キャプテン!?」
円堂はもう吹雪のキャプテンではないのだが、癖になってしまっているのだろう。
驚きと戸惑い、そして僅かな喜びで呼びかける。
「どうしてキャプテンが此処に…迎えに来たって?」
「そのままの意味だ」
「豪炎寺くんっ?」
円堂に続き、豪炎寺まで…いや、
「風丸くん…?」
円堂の後ろに付き従うように佇んでいるのは確かに風丸だったのだが、いつもと様子が違う。
風丸だけじゃない、円堂も豪炎寺も吹雪の知っている2人じゃない気がする。
円堂は笑みを浮かべてはいるが、いつもの明るい笑顔じゃない。
人を見下しているかのような、暗い微笑みだ。
「吹雪、俺達と一緒に来いよ…楽しいぜ?色んなチームを潰して回るんだ」
「……え?」
円堂は今、何と言った?
「ほら、前に緑川達がやってただろ?アレ楽しそうじゃん」
「円堂…くん?何言ってるの?」
キャプテン、ではなく…彼の名を呼んだ。
確認するかのように、自分の知っている円堂はそんな事、絶対に言わない。
彼はそんな男じゃない。
しかし、円堂は一度言っただけでは吹雪に伝わらなかったのがイラついたのか舌打ちをすると「風丸…」と顎をクイッと動かし、風丸を促す。
風丸は無言で円堂の前に出ると、転がっていたボールを手に取った。
「…?」
何がしたいのか分からぬ行動に吹雪はもちろん、他の生徒達も戸惑いを隠せない。
その様子を見守っていたカイは小さく溜め息をついた。
「回りくどい事するね」
それに円堂は「ハッ…」と笑う。
「良いじゃねぇか…暇潰しだよ」
風丸は一度ボールを高く上げ、それが落ちて来た時、
━ ドッ
「!!?」
ゴール目掛けてシュートを放った。
ゴール付近にいたのはGKの函田。
自分に向かってきたボールを反射的に取ろうとするが、間に合わない。
腹部に叩き込まれるボール。その威力は凄まじいもので函田ごとネットに叩き付ける。
「……っ!!」
白恋の生徒達は言葉もなく固まった。
数秒の後、紺子や礼文など近くにいた者が函田に駆け寄る。
吹雪は函田に向けていた視線を、バッと円堂達を振り返って戻す。
「何で…」
何故こんな事をするのか、円堂は吹雪と目が合うとニッと笑った。
「吹雪ぃ、ゲームしようぜ?」
「ゲーム?」
「俺達3人とお前達でミニゲーム…そうだな、10分で良いや」
円堂は面倒臭そうにゴールポジションへ向かう。
「10分間に点数を多く入れた方が勝ち。単純だろ?」
「…っ」
「俺達3人しかいないけどさ、ハンデだし。お前ら11人でも良いぜ」
「何で、そんな事しなきゃいけないの…っ?」
吹雪がグッと拳を握り締めて円堂を睨みつければ円堂は「はぁ?」と腰に手を当てて不機嫌そうな顔をする。
「勘違いすんなよ吹雪。俺は提案してるんじゃない…命令してるんだ。学校、せっかくレーゼから守ったのにぶっ壊されたくないだろ?」
「…っ!」
「吹雪くん…」
珠香が不安げな表情を吹雪に向ける。吹雪は苦しげに頷いた。
「…分かった」
その答えに、円堂はニィッと笑う。