背番号11番
僕が着ていたユニフォームを見ると、雷門のもう一人のストライカーは「あぁ、そのままで良いよ。俺、別の着るから」と、一度手に取った自身のユニフォームを再びスポーツバッグに詰め込むと、部室内に置いてあった予備のユニフォームから17番のものを取り出した。
「え、でも…」
「お前もう着てるし、俺は今から着るし…手間取らずに済むだろ」
長い前髪によって、左側は隠されて見えないが右側の漆黒の瞳が僕を捉えて「おかしなことか?」と言うように軽く首を傾げる。
「うん…ありがとう」
「変な奴だな」
礼を言う僕がおかしいと、彼…倉間くんが笑う。
正直、意外だった。
倉間くんみたいなタイプは背番号には拘りがあるものだと思っていたから。
そんな事を思い、なんとなくだけど倉間くんが気になり始めた。
ベータのマインドコントロールによって1度はサッカーを嫌いになってしまった倉間くん達も、それが解かれてからは再びサッカー部に戻ってきてくれた。
その間も、本来は倉間くんの背番号である11番は僕が使ってる。
こう思っちゃいけないんだろうけど、少しだけ嬉しかった。
僕は倉間くんとはそんなに親しい訳じゃないし、繋がっていられるのは…いや、繋がってると思っていられるのはこの背番号のおかげだったから。
一見して、冷めた性格だと思っていたけど部員の人達と喋っている倉間くんはよく見ると表情がよく変わるし、サッカーをする姿はサッカーへの熱い想いがひしひしと伝わってきた。
だからかな…知らなかったものを知るともっと知りたくなる。気になる。無意識に彼の姿を追っていた僕の視線はいつしか意識的に追うようになっていた。
「背番号さ」
「んあ?まだ言ってんのか。もう良いよ。お前が雷門にいる内はそのユニフォームはお前のもんだよ」
練習の休憩中に飲み物を飲んでいた倉間くんの隣に座って口を開くと呆れたように肩をすくめて「今更、新しいの準備するの億劫だろ?」と言ってそのまま後ろの芝生へと背を預けた。
若干、後方になった倉間くんの顔を窺うと青空が眩しいのか目の前で掌を空に向け、日光を遮っていた。
「…君は背番号とかに拘ったりするタイプかと思ってた」
気を悪くさせてしまうかも、とは思ったが倉間くんの真意が知りたくて最初の印象をそのまま告げるとこれまた予想を裏切って、彼の喉奥から「クックッ…」と笑いが漏れた。
僕のキョトンとした表情を見やって「間抜け面」と揶揄うように口にするのと同時に起き上がり、「前まではさ」と少しだけ穏やかな口調になって投げ出した自身の足を軽く2、3度叩いた。
「背番号って大事だと思ってたよ……南沢さん、って…先輩がいたんだけどさ」
そう言いながら倉間くんの視線は剣城くんへと向けられた。
「南沢さんは雷門のエースストライカーで、俺の憧れだった…背番号はもちろん10」
そこまで、まるで自分の事を自慢しているような笑顔で南沢さんという人の事を話していた倉間くんは「でもさ…」と、少し泣きそうな…困ったような笑みを浮かべて視線を落とした。
「剣城が来て…松風が革命を始めて…南沢さんは雷門を去った」
「…」
「んで、お前も知っての通り雷門の10番は剣城のものに…正直、ふざけんなって思ったよ。雷門のエースストライカーは南沢さんで、エースナンバーは南沢さんのものだって」
そんな表情で、最初は僕に聞かせる為に…でも今ではまるで独り言のように小さく呟くようにぽつぽつと語る倉間くんを見ていたら不思議な感情が胸の辺りでざわざわと広がっていった…。
それは南沢さんという…顔も知らない相手に対する確かな嫉妬と、その南沢さんが倉間くんの元を去る原因になった剣城くんと…そして天馬に対する小さな憤り。
そんな感情を持った自分に内心で動揺しながらも、表情には出さずに倉間くんの話の続きを聞く。
「だから最初は剣城も松風も大嫌いで…あいつらのサッカーなんか絶対に認めてやるもんかって、ガキみたいな事思ってた」
「そんな…」
「いいや、ガキだったよ。でもさ」
倉間くんはまだ少しだけ残っていた飲み物を飲み干して一息ついてからいつもは見せないような穏やかな笑顔で言った。
「目を背けてたけど…ちゃんと見てたらさ。剣城のサッカーって凄く格好良いんだ…あ、剣城が格好良いんじゃねぇぞ」
一瞬だけ顔を顰めて言うのに思わず笑うと、倉間くんは咳払いをして「とにかく!」と立ち上がって僕を見下ろした。
「背番号とか、関係ないなって…アイツが10番を着ていようが、南沢さんの代わりなんかじゃなくて、アイツのサッカーはアイツのサッカーで…南沢さんがどこでどの番号を着ていようが南沢さんのサッカーはずっと俺の憧れなんだ」
「…良いね、そういうの」
「だろ?」
ニカッという感じで歳相応の少年らしい笑みを浮かべた倉間くんを見て、静かに瞳を閉じた。
自分の中に芽生えた感情の気持ちに気付いて、納得する。
「フェイ?」
倉間くんの声が聞こえる「おーい、そのまま寝るなよ?」という言葉にクスクスと笑いながら再び視界を開けさせると真っ直ぐに漆黒の瞳を見つめた。
「僕ね、君の背番号…今は貰うことにした」
「あ?…あー、うん」
「そして、いつかね…」
立ち上がると、上に向けていた視線はいつもの様に下に向けられて倉間くんを見る。
「いつか…全てが欲しい」
「………は?」
僕の言葉をちゃんと理解していないらしく、珍しく間抜けた声と表情になって首を傾げる。
そんな彼に手を伸ばしてその髪を撫でると想像以上にふわふわとしていて…その優しい感触に一瞬だけ昔の記憶が蘇りそっと手を離す。
「何す……フェイ?」
子供扱いされたと感じたのか、倉間くんが一瞬だけ声を荒げるが僕の顔を見て言葉を詰まらせた。
「どうかしたのか?」
「…何でもない。でも、さっきの言葉は本当」
「さっきのって…」
「君が欲しい」
「…っ」
今度は直球すぎたのか、理解した倉間くんは一瞬にして顔を真っ赤にして「何言ってんだ、アホ!」と、僕に背を向けて歩き出してしまった。
「本気なのに」
意外と初な反応をする彼が可愛くて笑っていると少し離れた倉間くんが振り返り「笑うな!」と怒鳴る。そんな言動もツボで、さらに笑ってしまったのは許してほしい。
望んでも手に入らなかったものがある…。
諦めてしまったものがある。
でも、これだけは諦めたくない。
君の全てが欲しい。
彼の怒鳴り声を聞きながら、綺麗な青空を仰ぎ見て…そう思った。