華村と中邑は俗に言う恋人という間柄だった。
正確には今も現在進行形で恋人なのだが…
「未散、今度の日曜に遊ぶ約束してたけど…」
「え、あ…もしかして駄目になったとかですか?」
「いや、最後まで話を聞けよ。どこに行こうかって言おうとしたんだよ」
「あ、あぁ…そうか。良かった…俺と遊ぶの嫌になったのかと」
「…そんな訳ないだろ」
華村はそう言って笑うが、その笑顔はどこか切なそうで中邑は内心で不安を拭うことが出来なかった。
絶対に断られると思っていた…それでも、気持ちを抑えられなくて告白をしたのは中邑の方だった。
基本的にサッカーのこと以外ではマイナスの方向に考え、行動に移すことが殆どと言っていいほどなかった中邑が他人に愛の告白をするなんて、きっと後にも先にも二度とないだろう。
視線を合わせることなく、泣きそうになりながらの告白に華村は苦笑しながら首を縦に振ってくれた。
当の中邑はその事実が信じられずに何度も確認をして、しまいには華村に「しつこい!」と怒鳴られてしまったほどだ。
もしかしたら華村は同情で付き合ってくれているのではないだろうか。
もしくは暇つぶし、単なる遊び…考えれば考えるほど暗い思考に陥り、溜め息の毎日だった。
「はぁ…」
「うるさい」
昼休み。
教室で机に突っ伏して溜め息をつく中邑をばっさりと叱責するのは隣の席の雅野だ。
溜め息なんてたいした大きさでもないのに、一度だけでこの仕打ち…しかし、中邑ももう雅野の性格には慣れているので素直に「ごめん」と謝る。
すると雅野は読んでいた小説から中邑へと視線をチラリと流して、未だに伏せている顔に眉根を寄せた。
「また華村先輩のことだろ」
「何で分かるの?」
「最近のお前の悩みはそれ以外にない」
「う…」
断言されてしまったが、間違ってもいないので否定もできない。
「…で、今度は何を無駄に悩んでるんだ?」
棘のある言葉だが、口調は静かで読んでいた小説も閉じてきちんと話を聞く態勢を整えてくれている。
「うん…」
と、中邑が常日頃から不安に思っていることを告げると、最初は無表情だった雅野は段々と呆れ顔になっていき、ついには頬杖をつきながら遠い目をしていた。
「…聞いてる?」
「聞いてない」
「酷い!」
「くだらなすぎる」
「酷い…」
「お前さぁ」
雅野は大きな溜め息とともに中邑の額に人差し指をぐいっと押し付けた。
「華村先輩を馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
「馬鹿になんかしてない!」
心外だとでも言うように雅野の手を払いのけながら声を上げる。
そんな中邑を雅野は鼻で笑う。
「どうだかな。自分の胸に…じゃない。お前の場合、ちゃんと華村先輩に聞いてみろ」
「何を」
「だから、お前が普段から思ってる疑問さ。無理して付き合ってくれてるのかとか、本当は自分のこと好きじゃないのかとか…」
「で、でも聞いてもし不安が当たってたら…」
「そん時は別れろ」
「えっ」
「それが華村先輩の為だろ」
「…そうか。そうだな」
小さく呟く中邑に雅野は内心で「馬鹿だなぁ」と思いながら、再び小説のページを開いた。
「それで、その時逸見が……未散、聞いてるか?」
鉄塔広場にあるベンチに座り、華村は眉根を寄せて中邑の顔を覗きこんだ。
せっかくの日曜日。久しぶりに二人きりだというのに、中邑は心ここにあらずといった雰囲気だ。
中邑はビクリと肩を震わせ「えっと…」と口ごもる。
「何だ。言いたい事があるならはっきり言え」
「……無理、してませんか?」
「は?」
やっと口を開いた中邑だったが、言っている事が理解出来ずに首を傾げる。
すると、中邑は意を決したように「あのっ」と話始めた。
無理して付き合ってくれてるのではないか、
自分といて楽しくないのではないか、
最初は呆気にとられていた様子の華村だったが、中邑の質問攻めが終わる頃にはその表情は明らかに怒りをはらんでいた。
「ふざけんなよ」
「え?」
「お前、俺を馬鹿にしてんの?」
「そんなつもりは…」
雅野も華村も…何故そう思うのか分からずに中邑は混乱していた。
華村は立ち上がり、中邑を正面から見下ろして怒鳴る。
「じゃあ、見くびってんだろ!ふざけんな!何で俺が好きでもない年下の男相手に恋人ごっこしなきゃいけないんだ!」
「華村せんぱ…」
「俺はそんなに暇でも軽くもない!!」
そこまで怒鳴ると、華村は息をついて俯いて小さく吐き出した。
「そんなに…俺は信用出来ないのか」
「違っ…」
慌てて立ち上がったが、華村は未だに顔を上げない。
中邑が自分達の関係に悩んでいるのは知っていた。中邑の性格上それは仕方のないことだとも…
しかし、まさかこれ程とは、
「お前が俺を見てくれるよりも先に俺の方がお前を見てたのに」
「え…」
すとん、と座り込んで膝を抱えて顔を伏せてしまった華村を信じられない、というふうに見下ろすことしか出来ない。
「最初は頑張ってるお前が後輩として好きなんだって思ってた…」
普段はマイナス思考で、失敗ばかりで行動に移すことのない中邑がサッカーに関しては真剣で…そんな中邑を意識していた。
それでも、それが恋愛感情などとは思っていなかったのだが…ある日、泣きそうな顔で告白してきた中邑を見て初めて自分の気持ちに気が付いた。
気が付いた瞬間、世界が変わった気がした。比喩ではなく、本当に。
「ずっと…お前だけなのに……お前ときたら」
「華村先輩」
自身も膝を折り、静かに言う。
「抱きしめて、良いですか?」
「…聞かなくて良いんだよ、馬鹿」
おそるおそる手を伸ばしてソッと頭を抱える。
控え目すぎる抱擁に華村は中邑の腕の中で顔を上げた。
「これ、抱きしめてるつもりなのか」
「すみません…華村先輩」
「なに……んっ」
一瞬だけ。
触れたかどうかも勘違いするような小さな口付け…
「おっ…ま、そこは聞けよ!初めてだっただろ!」
「すっ、すみません!」
真っ赤な顔で叫ぶ華村から慌てて離れてバッと頭を下げる。
「ホント馬鹿!やり直し!」
「はいっ、すみませ……えっ」
思わず、顔を上げると未だに顔の赤い華村の不機嫌そうな…しかし、照れているような表情が窺えた。
「…何か、お前が幸せそうな顔してるとムカつくな」
「え、ひど…でも雅野のお陰でもあるんだよ」
「ふーん…じゃあ、今日の夕飯お前の奢りな」
「えっ」