今年もまた寒い季節がやってきた。
アフロディはマフラーを巻き直し、息をつきながらコートのポケットに手を突っ込む。
あまり宜しくない事だとは思っていても、手袋をしても悴む手はそれ以上の温もりを求めていた。
早く家に帰って暖かい珈琲を飲もう。そうしよう…
「ん?」
暖かい家に暖かい珈琲…それを、頭の中で思い浮かべると自然と歩くスピードが上がっていた。
しかし、アフロディが住むマンション手前の電柱下で地に尻を着き、足を投げ出している人物が視界に入ると歩調は緩み、その人物の前で完全に止まってしまった。
「……」
見た事ある顔だ…
はて、どこだったか…とマフラーを口許まで引き上げながら考える。
その人物はこの道端で眠っているらしい…この寒さだ。
まさかとは思うが死ぬなんて事になり、ニュースで見るような事態になれば夢見が悪い。
アフロディは暫し考え、溜め息をつきながら、その人物の腕を掴んだ。
「ぅ…お酒くさい」
ただの酔っ払い…?
面倒な事になったとは思いつつも、見覚えのある人物を放っておく訳にもいかない。
家に帰ったらまずタオルとお湯と…飲み過ぎに効く薬なんてあったかな
先程まで思い描いていた帰宅時の予定を崩しながらアフロディは数度目の溜め息をついた…。
不動は機嫌が良かった。
久しぶりに真・帝国時代のチームメイト達に会い、お互いに丸くなったもんだ等と笑いながら酒を飲んでいた。
まだ彼女は居ないのか、いい加減に作れ、結婚は良いぞ
等々…
はいはい、と軽く流しつつ酒を煽る。
途中からよく覚えていないのだが、さすがに飲み過ぎたと先に帰る事に。そして気付けば…
気付けば…、
「…どこだ、ここは」
目を開けば見知らぬ天上、身体を起こせば見知らぬ部屋のベッドの上。ついでに服も自分のではない。
「えーと…?」
昨夜の記憶を必死に辿るが、どう頑張っても居酒屋を出た辺りで記憶が途切れている。
「あ、起きたのかい?おはよう」
うんうん唸っていると部屋の扉が開かれ、トレイに水を乗せて運んでくる金髪のやけに綺麗な顔の人物。見た事ある…
不動は内心焦っていた。
まさか、昨日酔った勢いでその辺の女を引っかけてしまったのだろうか、
「あ、君の服は汚れてたから勝手に着替えさせてもらったよ。ごめんね」
「いや…」
その人物はトレイをベッド脇のテーブルに置いて、自身はベッドに座る。
僅かに不動の身体も揺れて二人はお互いの顔をしっかりと見た。
あれ…?こいつ、男か?
女にしては幾分か低い声、平らな胸…そして、雰囲気からそう察すると相手の口が動く。
「ところで、君は誰?」
「っていうか、お前誰だ?」
「……」
「……」
暫しの沈黙。
やがて「あれ?」と、首を傾げたのは金髪の…アフロディだ。
「君に見覚えがあったから拾ったんだけど、僕の勘違いだったかな」
「拾った…?いや、俺もお前に見覚えが……つか、お前に手を出してない、よな?」
「…?何の事?」
「…何もないなら良い」
「あ、紹介が遅れたけど僕はアフロディ」
「アフロディ………あ、カミサマか」
「ちょ、やめてよ…って事は昔から知ってる…」
「不動だ」
「不動くん!あぁ、あの…髪型が印象的すぎて」
「うっせ」
「まぁ、とりあえず…水飲みなよ。朝ごはん食べれる?」
「え?あ、あぁ…」
「じゃあ、リビングにおいでね」
アフロディはそう言って微笑むと、部屋を出ていく。残された不動は水を一気に飲み干して頭をかく。
「んー。酔ってどこかにいたのを助けられたって事か?」
「君の服、ちゃんと洗濯しといたから…その袋に入ってるよ」
「あぁ…悪い。この服」
「あ、それは僕の…そのまま貰ってくれて構わないよ」
「いや、そこまでは………というか、えーと…」
「?」
「ありがとう」
不動の礼にアフロディは数秒固まった後に声を出して笑った。不動が不機嫌そうに「何だよ」と、問えば「だって」と、未だに笑ったままに言う。
「僕の記憶の中の君と違いすぎて」
「もうガキじゃねぇんだよ」
「そうだね、大人になったね…君も僕も」
ふと、静かになるアフロディに出された珈琲を啜ってチラリと視線を送る。
「…お前、今は何してんだ?」
「僕?木戸川のサッカー部の監督」
「……あ、思い出した。そうだったな。鬼道チャンが世話になったらしいじゃん。あー、いたな。お前」
「ふふっ…君は鬼道くんしか見てないものね」
「ちっげぇよ、馬鹿」
朝食を食べ終え、不動は「さて…」と立ち上がる。
「世話になったな。服は洗って返すから」
「良いのに」
「んで、また珈琲飲みに来る」
「あはっ、何それ」
珈琲に拘りでもあるのだろうか、アフロディの入れたそれは今まで飲んだ珈琲の中で一番美味い。
「手土産くらいは持ってきてやる」
「駅前のケーキ屋さんのでよろしく」
「…高い所じゃねぇか」
「僕、あそこのモンブラン好き」
「へいへい」
かなり久しぶりの再会。しかも、昔だって大して仲が良かった訳でもないのに普通の友人のように会話が出来ている事を不思議に思いながらも悪い気はしなかった。
「じゃあ、またな」
「うん。またね」
その数ヵ月後、二人の挨拶は「いってらっしゃい」「ただいま」に変わる事になる…