「俺、本当に好きなんだ」




その言葉が聞こえてきた瞬間、京介の身体は冷水を浴びせられたかのように冷え、目の前に座るマサキは口をあんぐりと開けて間抜けた表情を見せた。

一体どういう経緯でこの様な状況になったのか…時間は10分程前に遡る。





「天馬くん遅いなぁ」

とある日曜日のこと。
部活が午前中で終わったので、天馬とマサキと京介でご飯でも食べに行こうかという話になった。

しかし、その前に天馬は秋に頼まれていた買い物を済ませて行くからと、先に京介とマサキの二人で商店街にあるファミレスに来ていた。

「先に注文しちゃう?」

「そうだな…」

「あ」

先程から空腹を訴えて机にだらしなくへばりついているマサキに、京介はメニューへチラリと視線を送った。

その時、マサキが思わず、という風に声を漏らして身体を若干起こす。

その視線は店の出入口に向けられており、天馬が来たのかと京介は後ろを振り返った。京介の後ろにはもう1つのテーブル席と分ける為に背の高い観葉植物が置かれていたが、その隙間から誰が店内に入ってきたかが見えた。

それは京介の予想通り、天馬……ではなく、


「倉間先輩………と、えっと…」

「…南沢さん」

マサキは直接、南沢と面識がある訳ではないので名前がパッと出てこなかったらしく代わりに京介がその名を告げる。

途端にマサキはバッと身体を引いて縮こまる。


「…何で隠れる?」

「え?そりゃ……あ、いや……何となく?」

一瞬、理由を言いかけたがハッとした表情をして乾いた笑いを浮かべて曖昧な答えを返してきた。
いつものマサキなら、このような分かりやすい態度を見せる事はない。相当焦っていることが窺えた。


月山に転校していった南沢。
その南沢と休みの日に会う倉間…そうとう仲が良いのだろう。京介はチリッと痛む胸を無視して二人に背を向けた。自分のせいで南沢は雷門を去った。

南沢はさぞ自分を恨んでいるのだろう…、



「げ」

マサキの声に現実に引き戻された京介は気配と声で南沢と倉間が後ろの席に座ったのだと知った。
どうやら二人はこちらに気付いていないようだ。


「本当なんだ…」

「はぁ…」

悲痛な声音の南沢に気の無い返事を返す倉間。


「お前、俺の気持ち信じてないだろ?」

「そう言われても…あ、俺チョコパフェ」

「…珈琲」

店員に注文して二人は無言になる。
何故か京介とマサキは気付かれてはいけない雰囲気を察して息を潜めて気配を殺した。天馬がいなくて良かったかもしれない…天馬にこの状況で空気を読むなんて出来るはずもなく、倉間達に声をかけていただろう。



「俺、チョコパフェに入ってる蜜柑が理解出来ないんですよ…はい」

「蜜柑だけ貰っても……酸っぱ甘…」

注文の品が届き、二人は再び会話を再開させた。
京介には声だけしか聞こえないがまるで恋人同士の様なやりとりに思わず眉根を寄せた。


「で、何の話でしたっけ」

「だから、俺の恋の…」

「じゃあ、何で転校したんですか」

「それは…お前、別だよ」

「ふ〜ん…」

「うわぁ、凄い疑ってる」

なにやら、南沢の方が下手に出ている様に思う。
一体何の話…いや、南沢は言っていた。己の…



「俺、本当に好きなんだ」





そして、冒頭に戻る。


「ごちそうさまでした」

「おい、聞けよ」

どうやらパフェを食べ終えたらしい倉間は「知ってます」と簡潔に返す。

「でも、どこが好きなんです?」

「同じFWだと分かるんだ…その素晴らしさ」

「俺には南沢さんの素晴らしさは分かりませんけど…あ、パフェ奢ってください。南沢さんスバラシー」

「……嫌な後輩」

「それでも、俺を選んだのは南沢さんでしょう」




それから数分後、南沢達は店を後にした。



「……」

「……」

京介とマサキの間に気まずい空気が流れていた。
マサキは納得していない様子で小さく呟く。

「うーん、倉間先輩って確か…」


「お待たせーっ!」

重い空気をぶち壊す明るい声を上げながら天馬が現れ、マサキは溜め息をついた。

やっぱり天馬が居なくて良かった…






京介は南沢に恋愛感情を抱いていた。男を好きになるのは勿論、誰かを好きになるのも初めてだったので、南沢は京介にとって初恋の相手ということになる。

しかし、

そんな南沢を雷門から…倉間から引き離してしまった。
自分には南沢を好きになる資格なんてない…

せめて、陰ながら南沢の恋の応援をしていよう。




そう結論付けて気を取り直し「さぁ、部活だ」と部室に入ると、


「え?」

目の前にいたのは南沢。
拓人と話をしている。入り口で固まってしまった京介にマサキが静かに近付いてきて囁いた。


「月山の部活が今日は休みだから雷門の様子を見に来たって…」

その言葉に「そうか」と返し、部活の準備に入る。



部活中は特に何事もなく(時おり、南沢が倉間にニコニコと話しかけては嫌そうな顔をされていたが)今日の練習を終えた。




京介は今までで一番早く帰宅準備を終えて部室を出ていった。そして、その後ろを慌てて追う人物が一人。
その様子に倉間は苦笑して自らも準備を終え、鞄を肩に……かけた所で名前を呼ばれて振り返る。

そこには暗いオーラを纏い、影のある微笑みを浮かべた蘭丸が立っていた。

「ちょっと付き合え」

「……はい」

その一部始終を見ていたマサキは頭を抱えて倉間と蘭丸を見送った。


「ヤバイ……俺、とんでもない勘違いをしていたかもしれない」


脳裏に浮かぶのは普段は優しいが、怒ると怖いあの人…。


『はまった後で井戸の蓋をする、ってね…日々の言動には気を付けなきゃいけないよ?』




「あぁ…緑川さん……俺もう駄目かも」

確実に倉間からの制裁が待っている。
ガクリと項垂れるマサキに天馬と信助は顔を見合わせて首を傾げた。








「剣城!」

京介は早足に歩いていた歩みを止め、ゆっくりと振り返る。
少しだけ息を切らした南沢が真っ直ぐに京介を見つめている。京介を呼び止めたのは南沢なのだろう。

いや、本当は顔なんて見なくても声で相手は分かっていた。


「…何ですか」

「あー……お前に言いたい事があって」

恨み言を直接聞くのも責任の内か、


京介は「はい」と姿勢を正して南沢に向き合う。

それで少しでも南沢の気が晴れるなら…


「俺は受け止めます」

「えっ」

南沢は京介の言葉に頬を朱に染めて視線を泳がせた。


何故、赤面するんだ…、

「あ、あれ?お前…もしかして知ってた?」

「はい…」

南沢がどれだけ自分を憎んでるか…それにしては、南沢の態度は腑に落ちないのだが、


「え、いつから知ってたんだ?俺がお前のこと好きだって」

「それは、俺は南沢さんに嫌われて当然の……はい?」

「えっ?」


「……」

「……」


会話が噛み合わない。


「えーと…待って待って」

南沢は右手でこめかみを押さえながら左手で京介を制する。

「俺がお前のこと嫌い?」

「南沢さんが俺のこと好き?」



どうやら…とんでもない勘違いを、







その後。
倉間は南沢から京介に関する相談を受けていただけだということと、倉間の恋人は南沢ではなく蘭丸で、その事を知っていたマサキが蘭丸に相談し、蘭丸が倉間を問い詰め、身に覚えのない浮気疑惑の原因がマサキだと知った倉間がマサキに怒りの鉄槌を喰らわしたとか…、



「なんか、皆回りくどい事してたんだなー」

「全ての原因は南沢さんですよ」

「恋人にそんな酷い…」

「…あまり、恋人とか言わないでください」

「お前、意外と初だよな」

「五月蝿いです。黙らせますよ」


南沢はにっこりと笑って京介を見る。その表情は「さぁ、来い」と言っているようで、これ以上余計な事を言わせない様にと京介はその口を塞いだ。







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