「うざってぇ…」
寮のロビーにて。
携帯を弄っていた不動の耳に入ってくるわいわいと騒がしい声。
そちらに目を向ければ成神、源田、辺見が何やら楽しげに会話をしている。
非常に不愉快である。
別に不動の悪口を言っている訳でもないのだが、イライラは募るばかりだ。そちらを睨んでいると「その悪人面を何とかしろ」と、目の前をノートで塞がれてしまった。
「邪魔すんな!」
「邪魔?おやおや、俺は何の邪魔をしたのかね」
そう言ってノートを引っ込めて白々しく言うのは佐久間。
不動の前に座り机に頬杖をついてニヤニヤとする。
「なぁ、俺は何の邪魔をしたの?謝るから教えてくんね?」
「……っ」
何の邪魔だろうか…、
不動自身、何故そのように考えたのか分からなかった。ただ、向こうで話している三人を五月蝿いと感じて睨んでいただけなのに。
そう思いながら、再び視線を三人の方へと向けると佐久間もそれを追う。
「はっはーん…」
「…んだよ」
納得したように笑う佐久間にイライラとした口調で問えば佐久間は携帯を弄り始めた。
「羨ましいんだろ」
「は?」
「お前、帝国来たばっかで友達いないもんなぁ」
「ちがっ…」
「しかも、アイツと仲良さげな二人が妬ましいんだよなぁ」
「はぁ?」
佐久間の言っている事が理解できない。
何の話だ。
佐久間は弄っていた携帯の画面を不動の眼前に掲げてニヤリと笑った。
「教えてやろうか………辺見のアドレス」
その夜。
自室のベッドの上に放り投げられた携帯を見つめる不動の姿があった。
断ったが、結局佐久間に無理やり辺見の携帯のアドレスを登録されてしまったのだ。
というか、何で辺見なんだよ。
成神とか源田とかもいただろ…つか、そんな意味で見てたんじゃねぇし!
などと一人、胸中で言い訳やらツッコミやら分からない事を繰り返すこと30分。
ついに、不動は携帯を手に取って、メール画面を開いた。
『何してる?』
何と送れば良いのか分からず、それだけ送って、不動にとっては何時間にも感じられる数分が過ぎた。
「いや、何で俺こんなに緊張してんだか。アホくさ…」
そう自分に無意識に言い聞かせて「寝よ寝よ」と横になった時、携帯が鳴って飛び起きる。
『誰』
「…………」
そうだ。不動は辺見のアドレスを知っているが、辺見の方は知らないのである。当然の反応だ。むしろ返事を返す辺り、辺見は律儀な部類に入るだろう。
『…誰だろうな』
『俺のこと知ってんの?』
『辺見だろ』
『…お前、マジで誰だよ。怖ぇよ』
『誰でもいいだろ』
『いや、よくないだろ。常識的に考えて。お前が誰か分からなかったら名前も呼べないし、知り合いなら登録できない』
『好きに呼べば』
『はぁ?』
『俺の名前』
『不審者』
『ふざけんな』
などと、くだらないやりとりを繰り返していると結構遅い時間になってしまった。
『おい、今何時だよ。明日も早いんだよ。お前どうあっても名前教えたくないらしいな…適当にボブとかジョンとか付けるぞ』
『何で外国名なんだよ』
『じゃな、クロな。俺の実家で飼ってる猫の名前』
『黒猫だろ』
『いや、白猫』
『!?』
『おやすみ』
『おい、ちょ…何で白猫にクロなんて名前付けたか教えろ』
『俺、眠いんだよ。また明日な。おやすみ』
また明日。
不動はその文字を数秒見つめては逸らし、また見つめては逸らし、というのを繰り返していた。
また明日…メールを送っても良いということだろうか。
「辺見おっはー。不動と仲良くなれた?」
「はぁ?何で俺がアイツと仲良くしなきゃいけないんだよ」
翌日。
朝練の為にユニフォームに着替えていた辺見に佐久間がケラケラと笑いながら問いかけると辺見は訳が分からないと首を傾げる。
「大体、俺はアイツと殆ど話したことねぇし」
「え、でも昨日俺が…」
「佐久間」
佐久間の言葉を切るように少し大きい声で不動が佐久間の名前を呼ぶ。
「ちょっとこっち来い」
「…やだわー。愛の告白かしら」
「殴るぞ」
不思議そうな顔をした辺見と視線を合わすことなく不動は佐久間を部室の隅の方に引っ張ってきて、昨日の件を話した。
「あ、成程。相手がお前だとは気付いてないと」
「あぁ。言わなくて良い」
「ふーん……まぁ、俺は面白ければ何でもいいけど」
「あ?」
「何でもない。今度何か奢れよ」
「……」
それから、暫くの後。辺見から謎のメール相手『クロ』とのメール内容から、どんな奴なのかという想像から、果ては恋愛相談まで受けることになる佐久間であった…。