「いやぁー、今日も楽しかったな」
「そうだな」
夕日に彩られる鉄塔広場。
円堂と豪炎寺が並んで歩いていた。豪炎寺はオレンジ色に染まる町並みを目を細めて見遣る。
横の円堂は手に持ったボールをくるくる回しながら上機嫌に話す。
「それにしても立向居は強くなったなー。俺も負けてられないぜ!!特訓しなきゃな」
「あぁ…気を抜いてるとすぐに追い越されるぞ」
「おぉっ!負けねぇぞっ」
円堂が拳をグッと握り締め、上に突き上げた時…視界に入った見慣れぬ光景。
「あれ…」
勢いづいて突き上げた拳をスッと下に下ろす。豪炎寺も円堂の発した声に、高いビルの窓に反射する光に眩しさを感じていた目を前に向けた。
「……」
「……だれ?」
いつもの鉄塔広場。
円堂がよく特訓をしている場所。
その見慣れた光景にある一つの違和感。
円堂が特訓に使っているタイヤを不思議なものを見る表情で見ている青年がいた。
高校生くらいだろうか…薄い紫色のショートヘアがサラサラと風に揺れていた。
二人が近付くと、その青年は足音に反応してタイヤから二人へと注意を向けた。
「こんにちは…あ、こんばんはかな?」
クスクスと笑う穏やかな声。
雰囲気はどこか吹雪と似ていた。
「あ、ども」
円堂が返事を返し、豪炎寺は軽く会釈をする。
「これ…何でタイヤがこんな所にあるのかなって思って」
こちらが聞いてもいないのに青年がタイヤに手を触れて首を傾げる。
「あ、ソレ俺のなんです」
「え、君の?」
円堂の答えに青年は軽く目を丸くして円堂を見る。
それに円堂は頷き「サッカーの特訓に使うんです」と言った。
その言葉は更に青年を困惑させたようだ。
「サッカーの特訓…って、タイヤで?」
「はい!!」
「ふぅん…よく分からないけど、やっぱり君は面白いね」
青年はふわりと微笑んで円堂に近付く。
そこで今まで黙っていた豪炎寺がハッとして円堂の腕を掴んだ。
『やっぱり君は面白い』
この男は円堂の事を知っている。
嫌な予感がした豪炎寺の反射的な行動だった。
「ん?何だ、豪炎寺どうし…っ?」
青年が両手で円堂の顔を包みこんだ。その驚くほど冷たい手に円堂は一瞬、豪炎寺に向きかけた視線を青年に戻した。
「サッカー…好き?」
その深い紺碧の瞳から目を逸らす事が出来ない。
「円堂…守、くん。サッカーが……好き?」
「ぁ…」
「お前っ…円堂を離…」
豪炎寺が円堂の腕から手を離し、続けて青年の腕を掴んだ時、
━ トンッ…
円堂の手からボールが落ち、地面の上を転がった…
豪炎寺が一瞬だけソレに気を取られた時に円堂から青年の手が離れる。
青年の腕を掴んでいた豪炎寺は感触でそれに気付き、思わず青年を見た。
青年の…瞳を、
「…っ」
「君も……サッカーが好きだよね?僕も大好きだよ」
「………」
「………」
二人はボーッとした表情で青年の声に聴き入る。
「ずっと大好きなサッカーをやろ?仲間を集めてさ…終わる事もない。そして、強く強く強く」
青年は優しく微笑んで順番に二人の頬を撫でる。
「その時が来たら…僕と一緒に行こう。楽しいよ?強い仲間達とずっとサッカーを続けられる」
━ さぁ、おいで
━ 僕と一緒に
「……ふっ」
ややあって、円堂の口から笑みが零れた。
そして、その瞳にはいつもの真っ直ぐな力強さはなく…ただ暗く、
━ 深い闇へと堕ちよう…
「円堂?豪炎寺?」
時が止まったかのような三人の間に割って入る声。青年が表情をなくして声の主を確認する。
円堂と豪炎寺も無表情に振り返った。
その冷たい視線に僅かにたじろいだのは、青いロングヘアーを一つにまとめた中性的な容貌の少年。
「…風丸」
豪炎寺がぽつりと呟いた。
「…円堂くん、彼は」
青年が風丸を見つめたまま囁くように円堂の名を呼ぶと、円堂は風丸を見つめて数秒黙った後に答えた。
「……使える」
「そう」
その答えに満足そうに頷いて青年は風丸に近付く。
風丸は青年のよく分からぬ威圧感に思わず半歩後ずさるが、青年に見つめられて動けない。
「君も一緒においで?」
風丸は縋るように円堂を見た。
しかし、その深い深い瞳の闇にハッと息をのむ。
「…風丸」
いつもとは全く違う落ち着いた低い声。ビクリと風丸が震えると円堂はニィッと笑みを深くして青年と風丸の間に立ち、風丸の頬を撫でてその左側を隠す前髪をサラリと流す。
「お前は俺と一緒に来るよな…?」
心に染み込むような円堂の囁き…風丸はそれに逆らう事など微塵も考える事はなく、その瞳から光が消えていく…
やがて、
「俺は……ずっと、お前と一緒に」
青年が暗く微笑んだ…。