今日の部活は学年ごとに別れて集中的に行うものだった。2年組はサッカー棟のトレーニングルームにて筋トレを重点的に行っていた。
それぞれのノルマを達成し、自主的にトレーニングを続ける者もいれば休む者もいた。
ノルマの達成度によって、帰る時間が違う。人数の一番多い2年組は必然的に最後に帰る事となった。
「神童、一緒に帰ろ…」
「すまない霧野…急いでるんだ……」
言葉の通り、一番に着替え終わった神童はすぐにロッカー室を出ていく。
神童と入れ違いにロッカー室に入ってきた一乃はギョッとした様子で一度神童に振り返って、首を傾げながら自分のロッカーを開ける。
「どうかしたの?」
隣の青山が一乃の様子を不思議に思い、問いかける。
一乃はユニフォームを脱ぎ、汗を拭きながら「うーん…それがさぁ、今神童とすれ違った時に」と青山の方を見れば、その後方にいる人物が視界に入る。
「…霧野は何であんな格好で固まってるの?」
一乃の言葉に青山が「ん?」と振り返る。
着替え途中で神童に共に帰る事を断られた蘭丸は髪は解いたままに、はだけたシャツもそのままで固まっていた。
パッと見では女子に見えなくもないその風貌に一乃が冷めた表情で呟く。
「心臓に悪いんだけど」
「神童くんにフラれて魂抜けちゃったんですよ」
速水がそう言えば、一乃が「あ、そうそう、神童」と、再び青山に視線を戻す。
「さっきすれ違った時に泣いてるみたいだったけど何かあったのか?」
「泣いてる…?」
それまで石のように微動だにしなかった蘭丸がふらりと一乃に近付いてきた。
「なに、お前…神童を泣かせたの?」
「いや、お前話聞いてなかったのかよ!?こっちが理由を聞いてんの!」
着替え終わった一乃はバタンとロッカーを閉めて蘭丸を見る。
「お前どんだけ部分的にしか話を聞いてないんだ」
「分かった」
「は?何が?」
会話が成り立っていない。
蘭丸ははだけたままだったシャツの鈕を留め、下ろしていた髪を一つにまとめ上げてポニーテールの形にすると、バッと手を前に差し出しながら宣言した。
「この中に神童を泣かせた犯人がいる!俺はそいつを見付け出し以下略」
「略すのかよ」
「きっと口に出来ない恐ろしい事をするつもりぜよ…」
「ちゅーか、何でこの中に犯人がいるって分かる訳?」
今まで傍観していた倉間、錦、浜野の三人も自分達にまで被害が及びそうになって嫌そうな表情だ。
「部活が始まる前、神童はいつも通りだった。つまり、部活中に何かあったに違いない」
「そりゃそうですけど…」
「容疑者は3人!」
「絞ってんの!?」
周りのツッコミも完全スルーの蘭丸は「まず一人目」ととある人物を指差した。
「錦!」
「ワシ!?」
「お前…今日のノルマ達成してないだろ?」
「な、何でおまんがそんな事知ってるぜよ…」
「お前が神童と話していたから」
ジリジリと詰め寄る蘭丸に錦は後退り、壁際まで追い詰められる。
「でも、ノルマ達成してないのは良いんだ…さっき足捻っただろ?」
「おまん…時々怖いぜよ」
「黙れ、馬の尻尾」
「う、馬の尻尾?」
「今のお前も馬の尻尾だろ…」
倉間の呟きは当然の如く黙殺され、蘭丸は芝居がかった口調になる。
「お前のドジのせいで神童は心を痛めたんだ…そうに違いない。あぁっ、可哀想な神童っ」
「神童メンタル弱すぎだろ」
「本当はディスってんじゃあ…」
「シャアアアアラッップ!」
蘭丸は倉間と浜野に指を突き付け、次に浜野をジロッと睨んだ。
嫌な予感しかしない浜野はぎこちなく笑ってみせるが、蘭丸は目を細めるだけだった。
「二人目はお前だ浜野」
「やっぱり…?ちゅーか、見に覚えないんだけどね」
「お前、さっき神童に授業のノートを見せてくれるように頼んでたな…」
「お前神童以外に見ることないの?」
倉間の呟きは以下略
「ちゅーか、神童にノート見せてもらうのは今に始まった事じゃないし」
アハハ、と乾いた笑いで浜野が言うと速水がボソッと「今までの鬱憤が爆発したのかも知れませんよ」と言った。
「それだ、速水」
「裏切り者!」
浜野の叫びを無視して蘭丸は「でもな…」と腕を組む。
「三人目はお前なんだ、速水」
「じゃあ、犯人は浜野くんって事で」
「何で!?」
「それが一番穏便に事を終わらせられます」
「お前ら、まだ帰ってなかったのか」
「鬼道監督!」
サッカー棟の見回りをしていた鬼道はロッカー室にたむろする部員達に溜め息を吐いた。
「もう、時間も遅いだろう…早く帰れ」
「俺達もそうしたいんですけど…」
青山がうんざりとした様子で言うのを見て「何かあったのか」と、問う。
それに蘭丸が身を乗り出さんばかりに訴えた。
「神童が誰かに泣かされたんです!」
「………」
鬼道は蘭丸の言葉を聞くと口許に手を充て、数秒沈黙した後に言った。
「それは……多分、俺のせいだ」
「……辞世の句を3秒で考えろ」
「うおおぉぉぉいっ!」
「おまっ…相手は鬼道監督だぞ!」
指の骨をバキボキと鳴らしながら鬼道に近付こうとする蘭丸を倉間と浜野が押さえ付ける。
当の鬼道は「古風なツッコミだな」と、サラリと流す。
「少し語弊があったな…俺のせいだ、と言うより、俺が貸した小説のせいだ」
「は?」
鬼道によると、
鬼道が感銘を受けた小説の話を円堂に話していたところ、神童が興味を持ったので貸した。内容はかなり悲しい物語だったらしく、神童は感情移入をしすぎてしまったらしい。
先程、神童と会ったがもう少しで読み終わる。最後にどんな結末があるのかと想像すると辛いが、楽しみにしている、と涙ながらに語られたらしい。
「…人騒がせな」
「明日文句言ってやる」
「小説にのめり込みすぎ」
「神童…何て天使なんだ」
「一人だけ感想おかしい奴がいるな」
かくして、神童を泣かせた犯人探しは終了となったが
「速水の容疑ってなんだったの」
「さぁ…神童くんってアレしたりコレしたりしたら女の子みたいですね、って弄り倒した事ですかね」
「…実は犯人お前なんじゃねぇのか」