ヒロトの言葉に少しだけ場の雰囲気が良くなり、夏未も少しだけ微笑んで「後は…」とリカ達を見た。
「リカさんと目金くん、そして吹雪くんが一緒に行動してたんだっけ?」
その言葉にリカは「うぅん…?」と頬を軽く掻いた。
「ま、正確に言えば…一緒に行動していた、というよりは一緒に何もしていなかったんや」
「僕達、体育館から動きませんでしたからねぇ。学園内を駈けずり回って調査などと僕には合いません」
目金も何故か自慢気に「ふふん」と眼鏡を押し上げながらそう言った。その言葉に佐久間がイラついた様子で「あ?」と一歩前に出る。
「何もせずにいたって…お前ら何考えてんだよ」
「だ、だって…誰も一緒に行こうって言ってくれなかったし…でも、一人は怖いし…」
「はぁ?」
段々と声を小さくしながら呟く吹雪に佐久間は呆れて怒りもどこかへ飛んでいってしまったようだ。
「一緒に行きたかったら自分から言えば良かっただろ」
「で、でも…断られるかもしれないし…」
「あーっ!何だよお前!ムカつくな!!」
吹雪の控えめというには度が過ぎる性格に、再び怒りが戻ってきた佐久間が怒鳴れば、ビクリと身体を震わせて2、3歩下がる。
「ちょっと二人とも、喧嘩をしている場合じゃないでしょう」
と、夏未が少し大きな声で二人を…というより、佐久間を窘める。
佐久間はバツが悪そうに頭を掻き「悪かったよ…」と謝り、吹雪の方も消え入りそうな声で「ごめんなさい…」と呟いた。
「…一通り皆の報告も終わったみたいだし、最後は私からね」
夏未は腕を組んで、自身の報告を始めた。
「私はこの食堂を調べていたんだけど…奥の調理場には調理器具と、あと冷蔵庫の中には食材がたくさん詰まっていたわ。食料の心配はないみたい」
「しかし、食料があったとしても、15人も居ては何日もつか…」
目金は「はぁ…」と溜め息をついて嘆く。
その目金に夏未は「その心配はないわ」と、少しだけ顔を曇らせて報告を続ける。
「冷蔵庫には毎日自動で食料が追加される仕組みだから………と、あのペンギンが言っていたわ」
「え、会ったの?」
春奈がキョトンとした表情をすれば夏未は「えぇ」と頷いた。
「冷蔵庫を調べていたら突然飛び出してきて、それだけ言ってどこかへ走って行ったわ」
「…妖怪みたいな奴」
佐久間がボソッと呟き、照美が「でも…」と首を傾げる。
「神出鬼没の動くぬいぐるみ…怖いのか可愛いのか微妙だね」
「でも大丈夫?食べられそうになったりしなかった?」
緑川の言葉に目金がピクリと反応した。
「食べられる?食べられるとはどちらの意味で?」
何故かイキイキとした様子の目金に緑川は「は?」と首を傾げてヒロトを見る。
「食べられるって何か他に意味があるの?」
「…緑川は知らなくていいよ」
「ちょっと!ふざけてる場合じゃないでしょう?私達ここに監禁されてるのよ?しかもいつ殺されてもおかしくないんだから」
「確かに音無の言う通りだ。どうにかしないといけない状況に置かれているのは間違いない」
源田はそう言って唸り「どうしたものか…」と溜め息を吐いた。
と、その時。
「随分と騒がしいな」
「!?」
静かなのによく通る声。
全員がその声の主を確認する。その人物は今までここにはいなかった…
「それだけ余裕があるのか…それとも現実を受け入れていないのか…」
風丸の右目がゆっくりと瞬きをして生徒達を見る。
「風丸!今までどこにいたのだ?話し合いはとっくに始まっていたのだぞ!」
風丸の無事に円堂がホッとしていると砂木沼の怒鳴りが食堂に響いた。
すると、風丸はこちらに近づいてきて一枚の紙をテーブルに置いた。
「?」
全員の視線がそれに移る。
何かの見取り図のような…
「希望学園の案内図らしい」
「なんと…どこでこれを手に入れた?」
砂木沼のもっともな疑問に風丸は数秒の間沈黙した。
「……どこだって良いだろう」
「よくはない。十分、重要な事だ」
「…それより、その見取り図が何か意味あるの?」
春奈の言葉に風丸は小さく溜め息を吐いた。
「この見取り図によると、今俺達がいる場所と希望学園は同じ構造のようだ」
「ということは、俺達は正真正銘、希望学園にいるってことか?」
円堂の問いに風丸は小さく頷いて「構造だけはな」と呟いた。
「色々な場所に妙な改築が入っているみたいだ」
「改築?」
「…詳しい事は分からない。手に入ったのは1階部分の見取り図だけだからな」
「えっと…つまり」
風丸が持ってきた情報に照美が困惑した様子で話をまとめた。
「私達は本当に希望学園に閉じ込められたって事?他のどこかに連れ去られたわけじゃなくて?」
「そんな馬鹿な…ここが国の未来を担うエリートを育てる学園というのか?」
源田は信じられないというように目頭を押さえて重く息を吐いた。
「でもさぁ…ここが本当に希望学園なら、他の生徒達はどこに行ったのかな?」
緑川の疑問にリカが「そんなんどうでもえぇわ」と笑った。
「これではっきりしたやろ。ウチらはどこにも逃げ場のないこの学園に閉じ込められたって現実が」
「………」
リカの言葉にただ黙るしかなかった。
「どうすれば…出口がないところに閉じ込められるなんて」
吹雪がまたもや泣きそうに小さく漏らすと鬼道が鼻で笑いながら「簡単な事だ」と言った。
「ここから出たいなら、誰かを殺せば良い」
「冗談でもやめてよ!」
春奈が叫び、夏未も「落ち着いて!」と声を荒げる。
「とにかく冷静になってどうすれば良いか考えましょう」
「何か…何か方法はないのか」
マックスが顔を歪ませながら吐き出すように言うとリカがクスッと笑う。
「適応すればえぇんちゃう?ここでの生活に」
「それって、ここで一生暮らす事を受け入れろって事…?」
照美が「そんなの嫌だよ…」と俯くとリカは溜め息をついて言い聞かせるように話す。
「えぇか?適応力こそが生き抜くのに必要なんや…生き残るんは強い奴でも賢い奴でもない。変化を受け入れた者だけや」
そこまで言って、リカは「と、まぁ…その上でウチから皆に提案があるんやけど」とにっこりと笑った。
「提案?」
「そ。閉じ込められている以上、ウチらは夜もここで過ごす事になるんやけど…皆、夜時間のルールは覚えてるやろ?」
夜時間…ルール…
円堂は校則に書かれていたことを思い出す。
・夜10時から朝の7時までを【夜時間】とします。夜時間には立ち入り禁止の区域もあるので注意しましょう。
・就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室でのみ可能です。個室以外での故意の就寝は居眠りと見做し、罰します。
「この夜時間について…もう一つルールを追加した方がえぇんちゃうかなぁって」
「ルールの追加?」
「【夜時間の出歩きは禁止】 …以上や」
リカは見ていた生徒手帳を閉じて皆の反応を覗う。
「校則では特に触れられてないけど、ウチらで制限を設けるんや」
「…どうして?」
吹雪の問いにリカはゆっくりとした口調で確かめるように言葉を続ける。
「考えてもみぃ?このままやとウチらは夜が来るたびに怯えて過ごすはめになるんやで?
誰かが自分を殺しに来るんやないかって」
「!」
「そんな風に疑心暗鬼を抱いたままずっと夜を過ごせば憔悴しきってしまうわ」
「なるほど、それを防止するために制限するって訳だね」
ヒロトの確認にリカは頷き「ま、校則やないからアンタらの協力が必要なんやけど」と軽く笑う。