恋ひ恋ひて

  逢へる時だに 愛しき

    言尽くしてよ 長く思はば






「ぅー」

倉間はベッドの上で枕を抱き締め、膝を抱え、手には携帯を握り締めて先程から唸る事を繰り返してる。

今は遠くの学校に通っている先輩に連絡を取ろうかどうかずっと迷っているのである。
先輩に連絡するくらいで何をそんなに悩む必要があるのかと言えば、その相手がずっと想い続けていた想い人で、最近になってその想いが実り、二人の関係が急激に変わった為である。

倉間はゴロンと体を横たえて目の前に携帯を翳す。
そして、想い人…南沢の事を考える。


「どうしよ…連絡しても良いのかな」

勉強とかしてたら邪魔したくないし、中途半端に連絡を取って余計に寂しい思いをするのも嫌だ。


「…なんか、片想いしてた時より苦しい」


と、その時。
目の前にあった携帯が突然鳴り出し、思わず手を離してしまった。当然、携帯は重力に従って倉間の顔面に落ちる。

「いってぇ!」

一瞬だけ悶えた後に、鳴り続ける携帯を見れば南沢からの着信で、

涙目で鼻を押さえながら慌てて通話ボタンを押す。


「もっ、もひもひ!」

『もひもひって何だよ』

電話の向こうで南沢が吹き出したのを感じ、倉間は赤面する。

「南沢さんが悪い!」

『はぁ?』

突然、身に覚えのない責任を押し付けられた南沢は訳が分からないと嘆息する。


「…いきなり携帯鳴るから顔に落ちた」

『…携帯はいきなり鳴る物だし、顔に落ちるとかどういう状況だよ』

「も、もう良いですよ。それより何か用ですか?」


まさか、貴方の事を考えていてそういう事態に陥った。などと説明できるはずもなく、倉間は話題を変える事にした。


『あぁ、そうだ…お前、今日暇か?』

「え?」

『ちょっと用事があってこっちに戻ってきたんだけど思いの外早く終わって時間あるからお前に会っていこうかと』

「……」

『倉間?』

黙り込んだ倉間の名前を訝しむように呼べば「はっ」と息を飲んだ気配が伝わってきた。

「あ、あっ…大丈夫です!」

『何慌ててんだよ』

南沢の笑い声に倉間は何とも言えない気持ちになる。
南沢は変わったと思う。それは良い方向に、という意味なのだが…いつか自分が置いていかれそうな気がして不安になる時もある。

「いえ…あ、俺の家に来ます?今、一人なんで」

『誘ってるの?』

「切りますよ」

『冗談だよ。じゃ、今から行く』



通話を終えて一息吐き、すぐに行動に移る。
まず、服を着替えて部屋の掃除をし、キッチンへと向かって飲み物や食べ物を確認…したところで来訪を告げるベルが鳴る。


玄関の扉を開けると「よっ」と、片手を上げる南沢がいた。倉間は南沢を迎え入れて部屋へと通す。


「久しぶりだな、お前の部屋」

「そ、そうですね…」

「自分の部屋なのに、何でお前がそわそわしてんだよ」

「や、だって…久しぶりだし」

飲み物を持ってきた倉間はベッドに座る南沢から少し離れた床に座る。

「何でそこ」

ポンポンと自分の隣を叩く南沢は暗に側に座れと促している。


「…」

おとなしく隣に座った倉間の頭をぐしゃぐしゃと撫でれば、倉間が「何すんだよ!」と暴れながら床にずり落ちる。普通にしても見上げてくる位置にある視線が更に下に下がり、南沢は喉の奥で笑う。


「いやー、揶揄う相手不足で色々と溜まっててな」

「揶揄うな!」

会いたい、という気持ちの矛先が自分と南沢では違うような気がしてきた。

倉間はふと、不安が戻って来るのを感じて視線を下げた。

「何だよ、俺がお前を揶揄うのはいつもの事だろ?」

今更これくらいで傷つけたのか、と南沢は首を捻る。

「そうだけど…たまに会えた時くらい優しくしてくれても良いじゃないすか」

「…何、もしかして寂しかった?」

「…っ」

何も答えないが、見下ろす首が赤くなっているのをみると図星のようである。
南沢は声は出さずに表情だけで笑うと、自らも床へと移動して倉間と視線を近付けた。


「優しい俺が好きなのか?」

「…ずっと一緒に居たいと思ってくれてるなら優しさも必要だと思います」

「…んー。それならお前も俺に優しくしろよ?」

「……」

「……」

「…なんか、似合わない」

そう言って、思わず二人で笑った。


「俺達らしいのが一番だろ」

「ですね」


「あ、でも…」

倉間は腕を引かれ、その身を南沢の腕の中へと収めた。直後に南沢が耳元で囁いた言葉に赤面する。

慌てて離れて耳を押さえ、口を開くが言葉が出てこない。

「なっ、な…なん…」

「まぁ…たまには、な」

そう言う南沢の頬も若干、朱に染まっていて照れている事が窺える。


「そ、そうですね…たまには」

「…やっぱり、もう言わない」

「ちょっ…」







   『長い間、ずっとずっと想い続けて…やっと逢えた時くらい、優しい言葉の限りを尽くしてよ。これからの二人の時間を大切にしたいなら』






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