「ふぅ…」
瞳子は目を通していた書類を机の上に置くと、すっかり凝ってしまった肩を軽く回しながら目を閉じて瞳を休ませる。
父がいなくなり、業務の殆どを引き継いだ瞳子は多忙な日々を送っていた。
ネオジャパンの件も一段落つき、サッカーから離れている瞳子にとってはたまにサッカーの話をしてくる緑川やヒロトを微笑ましく思っていた。
彼らの姿に安らぎを覚えながらも、その度に少しだけ羨ましい気持ちにもなってしまう自分がいる事に気付いていた。
「また…彼らの指揮をとってみたいものだわ」
コーヒーカップを口元に運び、思わず笑みを零しながら思い浮かべるのはイナズマキャラバンで過ごした日々。
円堂守…彼がどれだけの人間をその純粋にサッカーを愛する気持ちで救ってきた事だろう。
自分もその救われた一人だ。
「落ち着いたら…またネオジャパンの皆と雷門に勝負でも挑もうかしら」
ふとそんな事を考えるが、目の前に広がる資料の山を見て己の置かれている立場を再認識すると「それも当分、先の話ね」と苦笑して再び資料に手を伸ばした。
その時、
来訪者が来た事を告げる音色が耳に届き、顔を玄関の方へと向ける。
おひさま園の子供達なら勝手に上がってくるはずだ。新聞の勧誘か何かだろうか…
瞳子は特に訝しむ様子もなく立ち上がると玄関に向かい、その扉を開けた。
そして、瞳子が対峙した人物。
それは…、
「こんにちは…吉良瞳子、さん」
「貴方は…」
「カズヤ!アスカと二人で日本に帰るって本当かい?」
公園でリフティングをしていた一之瀬は名前を呼ばれ、ヘディングで空中に浮かせたボールを手に落として振り返る。
声で相手が誰かは分かっていたのだが、確認してからその名前を口にした。
「ディラン…マークも。情報が早いな」
「質問に答えてないよ」
マークがムッと眉をひそめれば、慌てて弁解するように手をヒラヒラさせて苦笑する。
「帰るって言ってもそんなに長い間じゃないよ。またこっちに戻ってくる」
「何だ…それなら良いんだ」
ディランとマークの二人は険しかった表情を緩ませてホッと息をつく。
「君達二人が居ないと調子がギンギンにならないよ」
「ははっ、それはマズイな」
「おーい、一之瀬!!」
聞き慣れたその声に、三人が揃って視線を向けた先から土門が小走りにやってくる。
「やっぱりディランとマークに捕まってたか」
「人聞きの悪い言い方だねぇ」
ディランは「心外だ」と腰に手を当てて土門を見る。
「元はと言えばアスカが悪い」
マークもディランの側に付き、土門に抗議する。
「いきなりメールでカズヤと日本に帰るだなんて言うから…何事かと思ったよ」
「悪かったって、まさかお前らがそんなに深刻に受け止めるとは思わなかったんだよ」
土門は笑って一之瀬を見ると「すぐ戻るって説明したんだろ?」と尋ねる。
それに頷く一之瀬も笑っていて、ディランとマークは自分達が怒っているのが馬鹿らしくなってきていた。
「全く…君達の事を心の友だと思っているのはミー達だけみたいだね!」
「全くだ」
「そう言うなって!!」
「ちゃんとお土産買ってきてやるからさ。な?」
ディランとマークの機嫌を直すのに必死な二人だが…日本に帰るのは待ち遠しい。
もちろん、ディランやマーク。アメリカのチームメイトも大切な仲間には違いないのだが、日本には日本の仲間が居る。
彼らに会って、話もしたい、遊びにだって行きたい。
そして何より、サッカーがしたい。
土門と一之瀬は空の向こうに想いを馳せる。
待っててくれよ、皆。
今、会いに行くから…、
鬼道は久しぶりに帝国のグラウンドに居た。
今日は雷門のサッカー部の練習が休みの為に、帝国のサッカー部へと顔を出す事にしたのだ。
「どうだ?久しぶりの帝国サッカー部は」
ミニゲームをやっているサッカー部員を見つめる鬼道に、隣に立つ佐久間が声をかける。
「そうだな…懐かしい。帰ってきたという感じがする」
その言葉に佐久間は嬉しそうに笑った。
「帝国サッカー部も…お前の帰ってくる場所だ。いつでも待っている」
「あぁ」
「鬼道さぁーん!!見ててくれました!?今の俺のカット!!」
フィールド内の成神が鬼道に向かってぶんぶんと手を降る。
鬼道がそれに手を上げて応える。
「良いカットだった。だが、右サイドがまだ甘いぞ。気を抜くな」
「はぁい!!」
「こら」
鬼道から返事をもらい、ニコニコな成神の頭を上がってきた辺見が軽く叩く。
「ゲーム中だ。集中しろ」
「辺見先輩の石頭ー、デコッぱちー」
「何だと、このっ…」
「あ、パス来ましたよ」
「なにっ…ぅわ!!」
「…何やってるんだ、アイツら」
佐久間が呆れて溜め息をつき、鬼道が笑う。
ゲームが終わり、源田が鬼道の所にやってきた。
以前よりも一段と逞しくなったように見えるのは気のせいではないだろう。
「帝国サッカーはまだまだ成長するな」
鬼道がそう言えば源田が頷く。
「もちろんだ。俺達はこれからだ…強くなりたいと思えばそれだけ可能性はあるのだからな」
手に持ったスポーツドリンクを傾けて中身を飲み下したあと、源田はニヤリと笑って鬼道を見た。
「…久しぶりにお前のゲームメイクが見てみたいな」
「あぁ、良いだろう」
「お前が雷門でどれだけ成長したか…お手並み拝見といこう」
久しぶりのフィールドの感触。
ユニフォームの肌触り、仲間達の声、ホイッスルの音…。
あぁ…俺は今、帝国の鬼道有人だ。
鬼道は地を蹴った…。
「佐久間!!洞面!!寺門!!デスゾーンだ!!」
鬼道はこの瞬間、
確かに…天才ゲームメーカーと言われたあの帝国の鬼道有人だった。