「今度の日曜に商店街の方でフリーマーケットやるらしいよ」

部活が終わって、各自着替えながら談笑していると青山がふと思い出したように言った。

「フリーマーケット?」

一乃は既に着替え終わり、携帯に落としていた視線を上げた。
フリーマーケットとは何だか懐かしいような、新鮮なような不思議な響きだ。

「何だソレ、面白そう」

普段は会話を聞くだけの倉間も話に乗ってきて暫くフリーマーケットの話題で部員達は盛り上がっていた。


そんな中、京介だけ「…失礼します」と先輩達に目礼し、部室を出ていく。
拓人はそんな京介を目で追い、自らもすぐに部室を出た。

少し前を歩く京介に並んで歩く。


「聞いたか?」

「何をです?」

拓人が横に並んで歩くのを自然に受け入れる。
ちょっと前までは考えられない事だった。

京介は少し楽しそうに笑う拓人を不思議そうに見る。


「フリーマーケット」

「あぁ…」

京介はそんな話してたっけ…程度にしか考えていなかったから、拓人が何故そんなに楽しそうなのか分からない。

「一緒に行ってみないか?」

「え?」

「行った事ないんだ。そういうの」

「…」


確かに、フリーマーケットと拓人は全く結び付かない。想像しようとしてもなかなか頭に浮かんでこなかった。

代わりに、高級なアンティークが並ぶ歴史がありそうな店にいる拓人を想像してしまい、京介は軽く頭を振った。


「剣城?聞いてるか?」

「あ、はい…」

「じゃあ、日曜に商店街でな」


…行く事になっている。



まぁ、拓人と休みの日を共に過ごせる機会があるならありがたく受け入れよう。

京介は一部の人間しか見たことがないような笑顔を浮かべて頷いた。







「……や、安すぎないか、これは」

「基本、要らない物を売り出す場ですからね」

商品に付けられた値段を見て不安げな拓人に京介は苦笑する。

高いと文句を言うならまだしも、安いと眉をひそめる拓人はやはりどこかずれている。


「でも、高いのもあるな…」

掘り出し物なのか、よく分からない置物に万単位の値段が付けられていて拓人は首を捻る。



「管理的にどうなんだ?」

「どうかと聞かれても…」

しかし、見るもの全てが面白いのかあちこちへ視線を泳がせる拓人に京介はどこか保護者のような気持ちで見ていた。


兄さんもこんな気持ちだったんだろうか…



昔、まだ優一と京介が共にサッカーで遊んでいた頃。
一度だけ二人でフリーマーケットに来た事があった。色んなものに目移りしてあちらこちらへ駆け回る京介の後を優一は優しく笑いながらついてきていた。


そして、とある出店者が出していた玩具が一目で気に入った京介はそこから動かなくなった。





「あ」

突然、前を歩いていた拓人が立ち止まり、京介はハッと現実に引き戻される。
拓人の視線の先には小さなピアノの形をしたオルゴール。


「少し音を聞いても良いですか?」

拓人は出店者に了解を得て、オルゴールを鳴らす。
その曲は拓人がよく弾いている曲と同じだった。

京介は音楽など分からないが、拓人のピアノは好きだった…このオルゴールの音色はどこか拓人のピアノと似ていた。


鳴り終わったオルゴールを拓人は戻し、チラリと値段を確認して口許に手をあてる。

安い値段ではない。
拓人なら買えない事もないだろうが、やはりオルゴールでこの値段は高すぎるだろう。


数秒黙った拓人が口を開いた。


「すみません、これを…」

「キャプテン」

拓人の声を遮るように京介が口を挟む。

「向こうに同じものがありました。状態はこっちの方が良いけど、向こうの物がはるかに安い」

「えっ」

京介の言葉に拓人が驚く。出店者が少し表情を変えたのを京介は見逃さなかった。


「でも、自分のものにするならこっちが良いですね…ただ、値段が」

「…少しなら安くするよ」

「半額にしろ」

「はん…それはちょっと無理があるよお兄さん」

「じゃあ、7割。それ以上なら買わない」

「………分かった。しょうがないな」


拓人が呆気にとられている間に京介は料金を払ってオルゴールを拓人に渡す。


「行きましょう」

「………あ、お金」


慌てて京介の後を追う拓人に「あげます」と言う。


「いや、悪いし…」

「…たまには恋人らしいことさせてください」

「っ」

「まぁ、値切っといて言えませんけど」

京介は「今度はちゃんとしたの買ってあげますね」と笑った。




「そう言えば…これと同じのってどこにあったんだ?俺は気付かなかった」

「ありませんでしたよ」

「え?」

「嘘です」

「嘘?」

拓人は目を見開いて驚く。何故、嘘をつく必要があったのか…

「安く買えたでしょう?」

「え……あ」

「兄さんが、同じ方法で俺に玩具を買ってくれたんです」

「優一さんが…?」

「嘘も方便だよ、って笑って言ってましたね」

「……お前達兄弟は意外な一面が多すぎる」

「一緒にいて飽きないでしょう」

「そうだな…」




拓人は手に持っていたオルゴールを鳴らした。
静かに流れるオルゴールの音色に耳を傾けながら、二人は暫く無言で歩く。




「また、行こうな」

「フリーマーケットですか?」

「今度は三人で」

「…それはちょっと嫌だな」

そう言っても少しだけ子供らしい表情になった京介に拓人は笑った。


その間も、オルゴールは静かに音を奏でていた…。


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