「や」
「………」
「わぁ、凄い嫌そうな顔」
「…空気が読めるようになったんだね吹雪くん」
玄関先に立ち、にっこりと笑って片手を上げた吹雪にアフロディは溜め息をついた。
「何しに来たの?」
「泊めて♪」
アフロディは顔を曇らせ、軽く首を傾げて疑問を口にした。
「今まではどこに居たの?」
考えてみれば北海道から来ている吹雪は稲妻町で寝泊まりする場所はホテルくらいしかないのだが、白恋戦からかなりの日数が経過しているし、それより前に来ているはずの吹雪がそう長くホテル暮らしを続けるのは辛いはずだ。
ただでさえ、ニートなのに…
とは、口には出さないでおく。
アフロディの問い掛けに吹雪は「うーん」と白く、長い指先を口許にあてて思い返すように宙を見る。
「最初はホテルに泊まってたんだけど、お金もったいないし。そしたら円堂くんがウチに来いって言ってくれてお邪魔したんだけど…本当にお邪魔っぽくて、というよりあの二人のラブラブっぷりを見てられなくて1日で出ちゃった」
円堂の嫁の事はアフロディはよく知らないが、仲の良い夫婦だと聞いている。
それに吹雪があてられるのも無理ないだろう。
「なるほど、それで?」
「その後は2、3日漫画喫茶で」
「…信じられない」
「可哀想だと思わない?」
「……」
「…というかさ」
上目遣いで甘えるような吹雪の視線にアフロディがたじろぎ、その直後の吹雪の不満を露にした声に「まずいな…」と考える。
その後に続く吹雪の言葉の大体の予想はついている。
「連絡取れなかったんだけど?僕達、恋人じゃないの?」
「それは…察してよ。普通連絡出来ないでしょう?鬼道くんだってそうだったじゃない」
「……」
吹雪のむーっ、と効果音の付きそうな顔付きにアフロディは根負けして身体を逸らした。
「分かったよ、入って」
いつまでも玄関先で押し問答を続ける訳にもいかないし、元より吹雪が来たなら宿を提供しようと思っていた。
突然、音信不通にしてしまった為の後ろめたさで素直に通す事ができなかっただけである。
「ふふっ、ありがと」
にっこりと笑った吹雪を迎え入れ、アフロディは飲み物を準備しながら「そう言えば…」と思い出したように吹雪を見る。
「白恋の試合は終わったんだろう?北海道には帰らないのかい?」
ソファに座り、寛いでいた吹雪は隣に座ったアフロディに苦笑をして見せる。
「とりあえず…ホーリーロードが終わるまでは、ね。見届けなきゃ。なに、帰ってほしいの?」
「…そう思うかい?」
少しだけ拗ねたような表情で吹雪から顔を逸らしたアフロディは小さく呟く。
「雪村くんの事ばっかり言ってくるから気になるんじゃないかって…」
「あれ、もしかして嫉妬?」
背けた顔を覗き込むように近付き笑う。
「…別に」
「僕はあの貴志部くんとやらに腸煮えくり返ってるけど」
「え?」
顔はニコニコと笑っているのに、その表情で恐い事を言う。
アフロディは思わず吹雪を見た。思っていたより近い位置にあった顔に戸惑い、すぐに視線を逸らしたが吹雪は軽く笑って頬にキスを落とす。
「だって、ずっと君の側にいて君からサッカーを教わり、勝利も敗北も分かち合う…羨ましすぎてムカつく」
「…笑いながら言う事じゃないよ」
「真顔で言ったら恐いでしょ?」
「笑顔の方が恐い事もあるよ」
「もうこの話はおしまい」
吹雪はそう微笑み、アフロディに久しぶりのキスをする。
「ん…」
「ね…良いでしょ?」
「ぅ…ん、でも…ぁ……」
優しく愛撫を施しながら押し倒そうとしてくる吹雪をアフロディは制止しかけたが、吹雪が従うはずもなく簡単に背中をソファへと沈める事となった。
「待てない」
「ぁ…せめて、ベッド……ぅ、んっ…」
そう言うアフロディの口を塞ぐように口付けをして黙らせる。
「やーだ、君ってベッド以外でやった方が感度良いし」
「ぅ、うそ…」
「嘘じゃないよ。ほら…」
「あぁっ…や、ぁ…んっ」
「…ね?」
「も…知らない…っ」
そう言って真っ赤な顔を背けるアフロディを見て、吹雪は一瞬だけ辛そうな笑みを浮かべてその身体を抱き締めた。
「…吹雪くん?」
突然、雰囲気の変わった吹雪にアフロディは不思議に思い、その名前を呼ぶ。
「怖かった…」
「え?」
「君が…木戸川の監督だと知った時、君を失ったかと思った……でも、あの試合を見て違うと分かったよ」
自分に覆い被さるように、子供のように、すがるように…アフロディの存在を確かめるように抱き締めてくる吹雪の頭を撫でる。
「ごめんね…大丈夫だよ。僕は君から離れない。君を一人にはしない」
「うん…」
いつか、
この手を離して…
君が遠くへ行ってしまう時がきたら、
僕は壊れてしまうかもしれない