なるほど…、
鬼道は木戸川の監督として現れたアフロディを見て内心で納得していた。
最近、連絡が取れないと思っていたらそういう事だったのか、
イタリアから帰国し、数回アフロディとは会っていたのが帝国の監督として活動していた際に連絡を絶ち、雷門でコーチとして活動を始めた時に連絡を取ろうとすれば、今度はアフロディの方が音信不通になっていた。
愛想を尽かされたのだろうか…まぁ、恋人としてあるまじき仕打ちをしたのだから当然と言えば当然か。
ショックを受けなかったと言えば嘘になるが、アフロディもこんな思いをしたのかと同じ立場になって初めて気付き、己の行為を少しばかり反省した。
それも、ホーリーロードが終わればアフロディの誤解も解け、解ってくれるだろう、
と、そう思っていた矢先の事である。
アフロディは鬼道が雷門の監督になったという事は勿論知っていたので、鬼道を見ても驚く素振りは見せずにむしろニッコリと笑顔を向けてきた。
「アフロディさん…何だか楽しそうね」
「いや…」
春奈の率直な感想に鬼道は呻くように呟いた。
アフロディは怒っている。
それも、とてつもなく…
あの笑顔はかなり怒っている…厄介だな、
アフロディは怒りや喜び、悲しみといった感情を分かりやすく露にするような性格ではない。
周りの人もアフロディが怒っているのか、機嫌が良いのか判別は難しいだろう。
しかし、長く恋人として付き合ってきた鬼道にはアフロディの感情の機微を感じ取れるようになっていた。
一刻も早く神に赦しを請わなくてはならない。
雷門は無事に木戸川戦を勝ち抜き、革命にまた一歩近付いた。
そして鬼道には審判の時が近付いていた。
「久しぶり………いやぁ、本当に久しぶりだね鬼道くん」
「……」
雷門サッカー棟のミーティングルーム。アフロディは試合後に鬼道の元を訪れていた。
一見してにこやかだが、幾分か暗いその笑顔に鬼道はどうしたものか、と考える。
ゲームメイクなら得意なのだが、色恋において主導権を握っていたのは常にアフロディだ。
アフロディは優雅な手つきで鬼道の頬を撫でる。
「酷いじゃないか鬼道くん…恋人である僕に何の相談もなく、革命なんて」
顔を近付けてはくるが、口付けはしてこない…もどかしく思いながらも鬼道は平静を保とうとする。
「すまない…危険だったし、誰にも知られない方が動きやすか…」
「佐久間くんには言うのに?」
アフロディの指摘に返す言葉もない。帝国で活動するなら佐久間の協力は必須だったのだが、それを言っても見苦しい言い訳にしかならないだろう。
「本当にすまないと思っている」
「信じられない」
「…アフロディ」
アフロディはゆっくりと鬼道から離れて背を向けた。
その時になって、初めて鬼道は焦る。しかし自分の行動に後悔はしていない。
「…なぁんて」
アフロディの笑い声混じりの言葉に鬼道の動きが止まる。
振り返ったアフロディは先程までの裏がある笑顔ではなく、いつもの綺麗な微笑みを浮かべていた。
「解ってるよ…それが君だもの」
そして今度はしっかりとキスを交わす。
「…円堂くんに負けないくらいのサッカー馬鹿」
少しだけ寂しそうに笑ったアフロディを思わず抱き締めた。
「だけど…お願い、今だけ僕を見て」
抱き返してきたアフロディはまるで鬼道にすがっているようで、鬼道は「あぁ…」と頷いた。
━ コンコンッ
ミーティングルームに響いたノックの音にアフロディがすぐに鬼道から離れる。
直後に開いた扉からひょっこり顔を出したのは天馬だ。
「あ、鬼道監督…と、アフロディさん?」
「こんな時間に何をしている」
「あ、部室に忘れ物して…ミーティングルームから光が漏れていたから電気の消し忘れだったら消そうかと。すみません」
天馬はペコリと頭を下げて帰ろうとする。それを鬼道が呼び止め机の上にあった紙を手渡した。
「丁度良い…明日、神童にこれを渡してくれ」
「はい…これは」
「練習メニューだ。俺は明日は部活に出られないからな」
「え?」
鬼道の言葉に天馬だけでなく、アフロディも反応した。
「…分かりました」
鬼道を見つめるアフロディにチラリと視線を向け、しかし何も言わずに一礼して天馬はミーティングルームを出ていった。
「鬼道くん…?」
アフロディに名前を呼ばれて鬼道は天馬を見送っていた視線をアフロディへと戻した。
「今日と明日…俺の時間はお前の為に使おう」
滅多に見せない鬼道の柔らかな笑みにアフロディは「うんっ」と、子供のように頷いた。
「何だか日曜に遊びに連れてってと言われたお父さんみたいだね」
「…もう少し別の例えはないのか」