それは静かに…

  けれど確実に近付いてくる







Act.1 さよなら






「行くぞ立向居!!」

「はい!!」

ボールと共に己の元へと向かってくる豪炎寺に意識を集中させ、構える。


━ 来る!!


「爆熱ストームッ!!」

「ムゲンザハンドォッ!!」

豪炎寺の放ったシュートに立向居の腕が痺れる。
その痺れは身体中へと伝わりビリビリと、確実に立向居はその威力を体感していた。


「うおおぉっ…」

腕が震える。雷門のエースストライカーの名を背負う豪炎寺のシュートだ。
並大抵のキーパーでは受け止める事は出来ない。


「駄目だ…ぅわっ」

こぼれるっ、
そう思った立向居の心を読んだかのように、ボールはそのまま立向居の腕を弾いてゴールネットを揺らした。


「立向居ー!!気持ちで負けんなー!!」

「はい!!円堂さん!!…豪炎寺さん、次は負けませんよ」

反対側のゴールから円堂が声を張り上げ、立向居を叱咤する。それに応え、立向居は自分のポジションへ戻ろうとする豪炎寺へと拳を突き付け、笑顔で宣言した。

豪炎寺は足を止めると肩越しに振り返り、ふっ、と笑う事で返事を返す。





立向居は雷門サッカー部に体験入部をしていた。
陽花戸中と雷門中の交流活動の一つで、陽花戸の生徒を雷門に、雷門の生徒を陽花戸へと通わせる事になったのだ。その活動で雷門に来たのが立向居とあっては雷門サッカー部が黙ってはいない。
立向居が雷門に来たその日にサッカー部キャプテン、つまり円堂自らサッカー部へ勧誘にやってきた。

元より、立向居もそのつもりだったので二つ返事で入部を決め、現在に至る。








「風丸!!そっちに行ったぞ!!」

「染岡上がれ!!」

「鬼道がフリーだ!!」




空は快晴。風は穏やか。
雷門サッカー部員は元気にフィールドを駆け回る。








「おー、おー、やってるやってる」

雷門のグラウンドを見下ろせる場所。
樹の幹にもたれかかり、晴矢が馬鹿にしたような声音で呟いた。


「気になるならもっと近くで見れば良いのに」

晴矢の足元にしゃがみ、己の膝を使って頬杖をついていたアフロディが揶揄うようにクスクスと笑いながらそう言えば、晴矢は「ケッ…」と雷門サッカー部から視線を逸らす。

「誰がだ。あんな馬鹿馬鹿しいお仲間ごっこに付き合ってられるか」

子供丸出しな態度の晴矢に、アフロディは『こんな事言ってますけど?』と言わんばかりに、晴矢の隣に立つ風介に視線を送る。

風介はその視線を受け止めたが、苦笑しながら肩を竦めるだけだった。


二人のそんな態度が自分を馬鹿にしていると思ったのか、晴矢はムスッとした表情のまま無言で歩きだした。

「どこ行くの?」

その背中にアフロディが声をかければ、振り返ってジロリと睨む。

「腹減った。コンビニ」

「もうっ、相変わらず勝手なんだから…君もそう思うだろう?涼野くん」

そう言いながらも表情は笑っているアフロディは立ち上がって、風介と並んで晴矢に続く。

「お前と違って、私はその勝手に何年付き合わされてると思ってるんだ?もう慣れたさ」

「…心中察するよ」

「ごちゃごちゃうるせぇぞお前ら!!」

「はいはい」


そして三人は雷門を後にした。

いつかまた彼らと試合をする事が出来るだろうか。
あの血が騒ぎ、胸が躍るような興奮をもう一度。


 次は負けない。
  次こそは必ず…、






「ヒロト!!これ見て!!新しいスパイク!!」

扉が勢いよく開かれて飛び込んできた緑川の表情を見て、ヒロトは喜色満面とはこの事かと考える。

「緑川…人の部屋に入る時はノックくらいしなよ。取り込み中だったらどうするの」

ヒロトは自室にて雑誌を読んでいただけだが、興奮の為か僅かに頬を上気させた緑川に意地悪く言葉を投げ掛けた。


「…?取り込み中って?」

訳が分からなかったようで緑川が首を傾げれば、言外の揶揄に気付かなかったのか…と、ヒロトは肩を竦める。

「…何でもない」

「ヒロト…緑川に変な事を吹き込むなよ」

「砂木沼さん!!」

緑川に続いてヒロトの部屋に入ってきた砂木沼に緑川は満面の笑みを向け、ヒロトは苦笑を向ける。

「ご安心を。緑川には通じなかったみたいだよ…どこかで恥かかないように教えてあげようと思っただけなのに」

「それをやめろと言ってるんだ」

「何の話?」

緑川はキョトンとした表情で、己を挟んで会話する砂木沼とヒロトを交互に見る。

「何でもない…それより、新しいスパイクを買ったんだろ?見せて」

ヒロトがそう言うと緑川は「そうだった!!」と、手に持っていたスパイクをヒロトに差し出す。
ヒロトはそれを受け取ると、様々な角度から見て感嘆の声を漏らす。

「へぇ、コレ新作じゃない」

「砂木沼さんに買ってもらったんだ♪」

「……緑川には甘いんだから」

嬉しそうに「えへへー」と笑う緑川の頭を撫でる砂木沼は緑川を本当の弟のように可愛がっている。
緑川もまた砂木沼を兄のように慕い、そんな様子を見せつけられるのはいつもヒロトだった。

「俺にも何か買ってもらいたいものだね」

緑川にスパイクを返したヒロトが皮肉を込めた声を砂木沼に向ければ、微かに笑われる。

「買ってきてやったとも。屋台でタコ焼きをな…今、茶を煎れてやるから緑川と居間に来い」

「あからさまな格差」

呆れて思わず笑ってしまったヒロトは、部屋を出ていった砂木沼に続いて緑川を伴って居間へと向かった。

明太マヨネーズ味はあるだろうかなどと考えながら…、







誰もが、こんな日常がいつまでも続くと……馬鹿みたいに本気で信じていた。




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