「…また来てるよ」

雷門の選手達が練習に励んでいるのを、立てた膝に頬杖を付きながら見ているのは万能坂中の夜桜。
彼はシードとして雷門の前に立ち塞がったが、負けてからというもの毎日のように雷門に来て天馬達の部活動を見学している。

「もしかして、俺達を探ってフィフスセクターに知らせてるんじゃ…」

「いや、それはない」

信助の不安気な声を京介が遮った。

「アイツらは任務に失敗してフィフスセクターから追放されている。もうシードではないはずだ」

「特に何をするでもなく、ただ見てるよな」

蘭丸は腕組をして首を傾げた。他のメンバーも同じく首を傾げていると天馬が「あ」と声を上げる。

「もしかして、俺達とサッカーがやりたいんじゃない?」

「それならそう言えば良いのに…」

「アイツの性格上は絶対に言わないな」

「じゃあ、聞いてくる!」

「あ、おい天馬」

「僕も行く」

拓人の制止も聞かずに天馬と信助が夜桜に近付く。

「まぁ、良いんじゃねーの?ちゅーか、これでアイツの目的も分かるかも知れないっしょ」

「そう上手く行きますかねぇ?」

浜野の楽観的な意見に速水は疑わし気に呟いた。



「ねぇ、君さ。何でいつも俺達を見てるの?」

「………」

「一緒にサッカーやりたいの?」

「………」

夜桜は天馬と信助を一瞥すると二人の目の前に手を差し出した。

「?」

そして夜桜が手をユラリと動かすといつの間にかその手にはゴルフボールサイズのサッカーボールがあった。

「!!?」

「え?…え?」

夜桜は更に無言で手を滑らかに動かす。その度にボールが増えたり減ったりで、天馬と信助は一々歓声を上げている。

最後に天馬の手にボールを落とすと「他の奴らに聞けば仕掛けが分かるかも知れないぜ?」とニヤリと笑った。

二人はダッシュで戻り、拓人にボールを見せる。


夜桜はその様子を見て「ケッ…ばーか」と呟いた。



「凄い!あの子凄い!」

「…軽くあしらわれてんじゃねぇよ」




結局、夜桜の目的は分からぬまま今日の練習も終わった。



京介は学校から直接病院に向かい、優一の見舞いをしていた。


「あの帝国にも勝つなんて…雷門は本当に凄いな。練習、頑張れよ」

「あぁ、大丈夫だよ兄さん」


京介は軽く優一に近況報告をしてから帰ることにした。いつもなら真っ直ぐに出口に向かうのだが今日はふとテラスに出てみることにした。
風が気持ち良い、そろそろ夕陽が落ちそうだ。

「ん?」

ふと、視線を向けた石碑の前に意外な人物の姿を見付けて思わず声をかけてしまった。

「何故お前がここにいるんだ…光良」

「…っ」

ハッと京介を見た夜桜は一瞬だけ目を見開いた後に舌打ちをする。

「うっせぇ、それはこっちの台詞だ。何でテメェがここに……あぁ、兄貴が入院してるのってここなのか」

京介は兄の為に逆らう事はないと聞かされていたのに、と夜桜はフィフスセクターからの情報を思い出す。

「………」

京介は何も言わずに夜桜を見て、ややあって溜め息をついた。

「お前、どういうつもりだ。雷門に何しに来てんだ…本当にフィフスの偵察なのか?」

京介の問いに夜桜は「ハッ…」と鼻で笑って吐き捨てる様に言った。


「お前らに負けたせいで俺はフィフスを追放されたんだぜ?……もう、サッカーも出来ない」

「…お前、」

「夜桜ちゃん?」

「うっ…」

京介の声に被さる様に夜桜の名前を呼ぶ声。京介の背後から聞こえた声の主を確認した夜桜は顔をしかめた。

京介が振り返るとそこにいたのはこの病院の看護師の冬花だ。

「久しぶりね…今日はどうしたの?」

「何でもねぇよ、つか夜桜ちゃんって呼ぶなつってんだろ」

「もぅっ、せっかく可愛いのにそんな言葉遣いじゃ駄目よ」

「知るか」

夜桜はそう言い残して足早にその場を去った。



「あの…アイツって病院に何か…」

「あら、京介くん…うん、夜桜ちゃんね昔ここに入院してたのよ」

「え」

「あ、病気とかじゃないわ。確か怪我だったかしら…その間ずっとテレビでサッカーの試合ばかり見ててね」

「そうですか」

「このテラスは夜桜ちゃんのお気に入りの場所なのよ。気分転換に良いみたい」

それから少し冬花と話をしてから家路につく。


夜桜は本当はサッカーをやりたいのではないだろうか、サッカーを本気でやるなんて馬鹿らしいなどと言っていたが…それならば何故サッカーを出来ない事を辛そうに言うのか…






翌日。
やはり夜桜は雷門に来ていた。何も言わずに練習を見ていると、休憩中に天馬と信助が駆け寄って手品をねだる。

「うぜぇ」などと言いながらも、5回に1回くらいは手品を見せてくれるので天馬と信助の二人は夜桜にすっかり懐いてしまっていた。


「日曜の父親みたいだな」

「黙れ。あの二人を何とかしろ……くそっ、追い払う為に見せるんじゃなかった」

拓人と蘭丸に今日の手品の報告をしに走った天馬達を見届けてから京介が夜桜に近付き、隣に座る。


「……お前、本当はサッカーやりたいんだろ」

「はぁ?」

「一緒にやろうぜ?」

「……俺はもうフィフスじゃな…」

「フィフスじゃなくてもサッカーは出来るだろ。河川敷でも鉄塔広場でも」

「………管理、されてないサッカーなんて」

「ずっと待ってたろ?サッカーが出来る日を。あの病院の石碑を見ながら」

「っ」

「サッカーをやるのにタネも仕掛けもいらねぇだろ。フィフスも管理も関係ない」

「お前…変わったな」

「お前も変われよ」

「剣城…」

京介が返事をする前に夜桜は京介の両頬を掌で包んでキスをしてきた。

「!!?」

意外にも優しい口付けから解放され、夜桜を見ると妖しく微笑みながら唇を軽く舐める。
カッと顔が熱くなるのを感じた自分自身に京介は狼狽えた。

「なっ…お前、なに…」

「鈍感だな…お前も、俺も」

夜桜が雷門の練習を見に来ていたのはサッカーがやりたかったから…それは夜桜自身も気付いていなかった事だ。
しかし、気付いていた事もある。

夜桜は京介を見ていた…自分と同じくシードだったはずなのに、今では自由なサッカーを楽しんでいる。
最初は許せないのだと思った。

自分と京介は何が違うのか、同じシードで化身使いでサッカー選手で、

なのに、京介はサッカーを楽しみ、自分はサッカーで苦しんでいる。




羨ましかった。




「…ちょっと頑張ってみようかな」


夜桜は立ち上がると、未だ呆けてる京介を見下ろす。

「サッカーも、お前も手に入れる」

「……は?」

「覚悟しろよ剣城…俺は何だって出来るぜ?奇術師だからな」

ニヤリと笑うその表情に京介は背中にゾクリとするものを感じた。




一方。


「…見た?」

「見てない見てない。俺は何も見てない」

京介が夜桜に唇を奪われる瞬間を目撃した数名の選手は現実逃避に必死になっていた…。




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