風介は怖い。

緑川は自室のベッドでゴロゴロと何度も寝返りをうちながらもやもやとした感情を打ち消そうとしては失敗していた。



緑川と風介は所謂、恋人同士という関係にある。
しかし、二人の関係性と言えば世間一般に見られる甘い恋人達とは程遠い。

風介はかなり嫉妬深く、緑川が他の男と仲良くしようものなら機嫌はどん底まで落ちる。
しかも、とても静かに怒りを表すのが恐ろしい。

普段から情事の際には嗜虐的な面を垣間見せるのが、機嫌の悪い時はそれが悪化する。
甘やかされるのに慣れている緑川には風介の性癖に付いていくのは難しい。

そんな感じで怯える緑川に風介は満足すると言うのだから始末に終えない。


「でも、嫌いになれないのは何でだろ…」

緑川自身、風介にどんなに酷い仕打ちをされても風介と別れよう等とは思わない。
依存してしまっているのだと思う。

でも、もしも風介の方が緑川に飽きて捨てられてしまったら…?

想像するだけで泣きたくなってくる。

やはり風介は怖い…色んな意味で。




「晴矢、これ食べる?」


居間で寛いでいた晴矢に緑川がおずおずと何かを差し出した。


「おー、何だ…クッキー?」

小さな皿に盛り付けられたクッキーを渡された晴矢は「どうしたんだ、これ」と緑川を見る。
緑川は恥ずかしそうに笑いながら曖昧に答える。


「えーと…暇だったから作ったんだけど、失敗したから晴矢にあげる」

「失敗したから…ね」

晴矢のジト目な視線に緑川は「ははは…」と乾いた笑いを溢す。

「成功したら誰のものになってたんだか」

晴矢は一枚取って口に放ると「食えないこともないぞ」ともぐもぐさせながら言う。

「だーめ、ちゃんと成功させなきゃ」

「はいはい、俺は後片付け係ね」

晴矢はヒラヒラ手を振ってクッキーを持ち、自室へ向かった。

数秒後に『ヒロトー!良いもんやるから漫画貸せ!』という声が聞こえてきて苦笑する。



少しして居間に風介がやってくると、緑川はその空気に一瞬ビクリとなった。


怒っている…


何に対して怒っているのか…いや、たぶんクッキーだろうなぁ

などと、考えながら風介を見ていると風介は静かに口を開いた。


「…私は甘ったるい物は嫌いだ」

「う、うん…知ってる」

「晴矢は好きだな」

「そう…だね」


緑川が晴矢のためにクッキーを作ってあげたのだと勘違いしているに違いない。


「…風介、抹茶好き?」

「は?」

会話の流れが見えない緑川の突然の質問に風介が首を傾げると、緑川は風介の目の前に立ち…しかし視線を合わせる事が出来なくて俯きながら小さな声で話す。

「風介がね…前に俺が作ったクッキーが美味しいって言ってくれたから、また作ろうと思って…今回は色んな味に挑戦しようとしたら甘くなりすぎちゃって…」

最初は意味が分からなくて軽く目を丸くしていた風介だが、次第に緑川の言いたい事が分かって内心で笑う。

「今度はちゃんと成功させるから…抹茶なら甘すぎない感じで出来ると思う」

「そうか」

「うん…だからね、抹茶大丈夫かなぁって」

「緑川…顔を上げて私の目を見ろ」

「…………」


緑川がゆっくりと顔を上げて風介と視線を合わせると風介は静かに笑っていて、緑川の頭を撫でる。


「抹茶は嫌いじゃない」

「ほんと?」

緑川はパッと明るい表情になって、早速どんなクッキーを作ろうかと悩みながらキッチンに向かう。

風介は緑川の名前を呼んで呼び止め、揶揄うような口調で言った。


「お前は本当に私の事が好きだな」

「えっ」

緑川は一瞬だけキョトンとした表情をしたが、すぐに満面の笑みで答えた。


「好きじゃないよ、愛してる」

「…っ」


予想外の答えに風介が言葉に詰まっているのに気付かず、ニコニコと笑いながら「楽しみにしててね」とキッチンへと去っていった。


「………」

掌で口許を覆い、俯く。


あいつは、本当に…



「天然って怖いよなー」

「でも、緑川はそこが可愛いと思う」

「!?」

いつの間にいたのか、ヒロトと晴矢がクッキーを頬張りながらニヤニヤと笑っていた。


「以上、風介の心の声でした」

「風介、顔がニヤけてる」

「煩い!」


風介は晴矢が持っていた皿を引ったくる様に奪い取る。

「おい、それ俺が緑川から貰ったもんだぞ」

「黙れ。お前にはもったいない」

「独占欲の塊だな、お前は」

呆れる晴矢と笑うヒロトを無視して風介はクッキーを口に含む。
美味しいのだが、確かに風介の口には甘すぎた。




甘いクッキーをもそもそと食べている風介を発見して緑川が拗ねる事になるのは暫く後のこと…。







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