「お菓子をください。そして悪戯もさせてください」

「あ?…あー、ハロウィンか」

部室の扉を開けた瞬間に目の前に現れた成神の言葉と奇抜な格好に辺見は一瞬の間を置いて納得した。


「…ほら」

鞄の中を探ってガムを取り出し、成神の手に落とす。


「というか、格好に突っ込んでくださいよ」

成神は不満気に、その身に纏っていたマントを外し、頭に付けていた角のカチューシャを取った。


「ノリ悪いよなぁ」

その様子を見ていた佐久間がケラケラ笑いながら言うのを一瞥し、忌々し気に呟く。


「誰かさんのお陰でハロウィンに良い思い出がないんでね」

「去年のハロウィンか?結構楽しかっただろう」

源田が昔を思い出すように視線を宙に向けながら言った。

「…お前らはな」

「辺見モテモテだったじゃねぇか、俺には負けるけど」

「黙れ。記憶から消し去れ」

「えー、何ですか?何があったんです?」

自分だけ付いていけない話題に成神が拗ねた様に話の詳細をねだれば、源田が笑いながら話しだした。


「去年な、サッカー部の1年の間でハロウィンパーティをやろうってなって…」







「ハロウィンパーティ?」

部活が終わり、着替えも済ませた頃…誰かの提案でハロウィンパーティをする事になった。

「面倒臭い」

「ハロウィンか…たまには良いかも知れないな」

「鬼道さんがそう言うならっ」

「変わり身早っ」

佐久間は「それなら仮装しましょう!」と、案外ノリノリだ。やるとなったら拘るタイプなのだろう。

そして、辺りを見渡して辺見と目が合うと「お前、手伝え。あと、源田」と命令を下した。

源田はよく分からないまま頷き、辺見は思いきり顔をしかめた。

「…まぁ、適当に相手してやってくれ。こんな時でもないと息抜き出来ないだろう」


鬼道の言葉に辺見は仕方なく佐久間と源田と共に行動する事になった。


「お前らもちゃんと仮装しろよー」

佐久間は残りの部員にヒラヒラと手を降ってから辺見達を引き連れて部室を後にした。


「さて、パーティまで2時間ほど…時間がないな。あ、お前らは部屋で待機な?後で行くから」

そう言い残すと、佐久間は街へと繰り出していった…。


「…?」

「寮に戻れば良いのか?」

残された二人は佐久間の意図が分からぬまま寮へと戻り、言われた通りに部屋で待つ事にした。





『トリックオアトリートーっ』

扉を叩く音と共に佐久間の声が聞こえてきた。
辺見は読んでいた本を閉じて扉を開け、そして閉めた。

『おい、コラ!何で閉めるんだよ!』

ガンッと扉を蹴りつけられる。
辺見は再び扉を開いた…ゆっくりと。


「お前…何だ、その格好は」

「可愛いだろう?」

「………」

否定はしないが、肯定もしたくない。

佐久間は身体にフィットするタイプの際どいミニのワンピース姿に網タイツまで着用している。
頭に留める仕様の角飾りがあるから恐らく悪魔だろうか…

見た目だけは其処らの女子では勝てない程の容姿の持ち主である佐久間のその格好は、ある種の錯覚をおかすには充分だった。


「お前にも用意してるから」

「絶対嫌だ」

速答する辺見を部屋の中に押し込み、自分も入ってきながら「安心しろ」と言う。

「俺と同じ物じゃねぇよ。源田にはドラキュラの格好させたし」

そして、辺見をベッドに無理やり座らせて持っていた袋から何やら取り出す。

「とりあえず、メイクさせろ」

「その前に何の仮装か教え…」

「おっと」

「!?」

ベッドから立ち上がろうとした辺見の側に脚を乗せ、動きを止める。
スカートから伸びる網タイツに包まれた佐久間の脚が目の前にあり、視線のやり場に困る。


「それは最後のお楽しみ…な?」

「…………」






「お待たせー」

「佐久間、遅…うぉっ」

現れた佐久間の格好に寺門が驚きの声を上げる。

「…何と言うか、本格的だな」

「鬼道さんっ、どうです?俺、頑張りましたよっ」

「あ、あぁ…」

詰め寄る佐久間に、鬼道は後退りながら視線を泳がせる。

「ところで、辺見は?」

ドラキュラの格好をしていた源田がマントをバサバサとさせながら(鬼道の真似をして見せていた)聞く。

「隠れてる」

佐久間が出入口を指差せばチラリと見えた黒い生地のヒラヒラした服。

「辺見?どうかし…」

源田が辺見を招き入れようと覗きこめば、そこにいたのは女性。
真っ黒なストレートロングの髪に三角帽子、そして真っ赤な口紅…泣きそうな顔をしているが、格好からして魔女らしい。

「おい、佐久間。どこから連れてきたんだ」

源田が招き入れた魔女にその場の部員達は釘付けになる。
キツそうな顔だが、かなりの美人である。


「…そいつ、辺見なんだぜ」

「………………は?」



『はあああぁっ!?』



「いやぁ、辺見って化粧したら化けるタイプの顔立ちだと思ってたんだよなぁ」

「死ね、佐久間死ね」

ブツブツと呪詛の様に呟く辺見は先程から源田の後ろから離れない。マントを使って隠れているつもりなのだろう。
写真を要求する部員達を避けた結果である。源田は苦笑して辺見に隠れ場所を提供していた。

佐久間は佐久間で鬼道の側から離れないので、写真を撮りにくい。

鬼道はいつもと違って強く出れないらしく、疲れた表情をしている。


「なぁ、お前ら来年もソレやれよ」

「嫌だ」

「考えてやらない事もない」

全く違う反応をしてみせる二人に部員達は「ハロウィンも悪くない」と思っていた…。







「 写 真 は 」


詰め寄る成神に源田が首を振る。

「いや、辺見は絶対に撮らせてくれなかったからな…佐久間のなら探せばあるかも知れないが」

「つまんなーい」

「まぁ、安心しろ成神」

佐久間はニヤリと笑って言う。



「もちろん、ハロウィンパーティは今年も開催する」

「俺は仮装なんてしないぞ」

「お前の抱きまくらは預かった」

「なん…だと?」

予想外の展開に付いていけない辺見を見て佐久間が笑う。まるで本物の悪魔の様だ。




「今年はゴスロリでいこうか、辺見チャン♪」



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