「あ、しまった」

部活も終わり、皆が帰ろうとしていた矢先に春奈が小さく声を漏らした。

「どうした?」

すぐに気付いた鬼道が声をかけると、鞄から何かの資料を取り出して溜め息をつく。


「今度、帝国と練習試合やるでしょ?さっき帝国の人と会って話してたんだけど、手続きの書類渡すの忘れちゃって」

鬼道は「あぁ…」と頷き、眉をひそめる。春奈が困っている…力になりたいが、帝国に書類を届けるとなるとアイツに捕まる可能性が…今までは毎日会えていたのに、鬼道が雷門に転校してから色々と溜まっているのか、佐久間のアプローチが激しい。

鬼道が己の中で葛藤していると「俺が持っていこうか?」と天の声…ならぬ、風丸の声が聞こえてきた。


「え、本当ですか?」

「あぁ、今日は特に用事もないしな」

「すまないな、風丸」

「お前が謝る事じゃないだろ」

鬼道に苦笑で返した風丸は春奈から書類を受け取り、帝国学園へと向かった。






「…サッカー部に行けば良いんだよな?」

確か帝国のスタジアムが向こうにあったような、無かったような、

曖昧な記憶を辿っていると、見覚えのある人物が目の前を通った。


「あ、おい!」

風丸の呼び掛けに振り向いたのはヘッドフォンの少年と目付きの悪い少年…確かこの二人はサッカー部の、


「辺見と成神…だよな?」


「あ、雷門のイケメン」

「風丸だろ、アホ」

「辺見先輩よりは確実にイケメンという意味です」

「ヘッドフォン割るぞ」

「器物破損で源田先輩に訴えます」

「いや、そこは警察だろ」


「あ、えっと…」


風丸の存在がないかのようにポンポンと掛け合いをする二人に口を挟む隙がなくて、風丸は途方に暮れる。



「何をしている」

そこにもう加わるもう一人の男。
あ、コイツは結構まともっぽい。


「源田先輩、辺見先輩にいじめられています」

「むしろ虐められたのは外見を批判された俺だろ」

「……そいつは?」

「あ」

「……風丸だ」


…絶対忘れられてた。
風丸は改めて源田に向き直ると、事情を話す。


「なるほど」

源田は頷き、「部室まで案内しよう」と歩き出した。


「こちらからも雷門に提出する書類があるんだ…急ぎではないが来たついでだ。持っていってくれ」



そして、風丸は3人と共に部室に向かったが、道中やたらと成神が話しかけてくる。


「鬼道さん元気?」

「あぁ…」

「彼女できたりした?」

「鬼道にか?そういう話は聞かないな」

「…鬼道に彼女とか、アイツが発狂するだろ」

「…?」

辺見の溜め息混じりの声に風丸が不思議に思っていると、源田の「ここだ」という言葉に意識を浮上させる。


扉を開けて中に入ると先客が一人。


「……何で雷門の奴がここに居るんだ」

不機嫌丸出しの佐久間に風丸は戸惑い、助けを求めるように源田を見た。しかし、源田は佐久間の不機嫌さに気付いていないのか、普通に風丸がここに来た理由を説明する。


「何で鬼道さんが来てくれないんだ!つか、連絡をくれたら俺が雷門に取りに行ったのに」

「身の危険を感じたんだろ」

「黙れデコ!」

「お、久しぶりのデコネタ」

「デコネタって何だよ!」

「デコくらいしか弄る所ないだろお前は」

「弄る必要あんのか」

「ストレス発散」

「暇潰し」

「お前らの人間性を疑う」




「……止めなくて良いのか?」

佐久間達の言い争いにも全く動じずに源田は風丸から受け取った書類をファイルに綴じて、別の書類を風丸に渡す。


「何がだ?」

本当に何の事か分からないらしく、源田は首を傾げて風丸を見る。


「アイツら…」

「あぁ、仲良いだろう?」

「は?」

思わず間の抜けた声が出てしまい、咳払いをする。


仲が良い…?


風丸は改めて佐久間達を見る。


「おい、源田。今度雷門に用があるなら俺に言え」

「そうだな、一緒に雷門に行くか」

「じゃあ、俺は鬼道に密告する」

「辺見の癖に鬼道さんと連絡取り合ってんじゃねぇ!」

「辺見先輩には俺が着信めっちゃしてあげますね」

「ストーカーか」

「じゃあ、皆で行こう」

「話の流れが見えないけど、源田先輩がそう言うなら」



「…………」

風丸はもう考える事を放棄していた。
コイツらは俺の理解の範疇を越えている、と。



「あの…俺、帰るな?」

風丸の小さな呟きに反応したのは成神だった。



「え、駄目だよ。今から遊ぶのに」

「えっ」

「鬼道さんの事を色々と教えてもらおうか」

「いや…」

「せっかく来たんだからゆっくりしていったらどうだ?」

「出来れば遠慮した…」



「御愁傷様」

辺見の呟きに己の運命を悟った風丸は心の中で誓った。




明日、鬼道にあったらただじゃおかない…





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