もっと、

もっともっともっと…



俺は強くならなきゃ。







帝国学園。
雷門と並ぶほどのサッカーの有名校。帝国サッカー部は少年たちの憧れだ。もちろん俺も期待に胸を膨らませて帝国学園に入学し、当然の様にサッカー部に入った。

しかし、俺を待っていたのはフィフスセクターの支配下と化してしまった帝国だった。


もう自由なサッカーなんてこの少年サッカー界には存在しない…。


それでも、たまに自由に試合することのできる機会がある。その時のために練習は惜しまない。その時に全力を出すんだ。
俺は小柄だけどキーパーだから、普通よりもっと努力しなきゃ帝国のレギュラーなんて務まらない。
フィフスセクターの指示通りに点をやって、シュートを止める。それも実力がないと出来ないことだ。



でもいつか…いつか本当のサッカーを取り戻すことができたら、






「新しい監督?」

「それにコーチだ」

龍崎と御門が話しているのを聞いた。どうやら帝国学園のサッカー部の監督…総帥とコーチが変わるらしい。
誰が来たって一緒なのに、俺たちが従うのは監督やコーチではなくて実質フィフスセクターなのだから。







「今日から帝国学園の監督を務める鬼道だ」


「コーチの佐久間だ」



「なっ…」
「あの二人って…」
「本物か?」
「マジかよ…」



皆が驚くのも無理はない。
帝国サッカー部に入っている生徒でこの二人を知らない奴なんていないだろう。凄い。本当にこの二人が…、
もしかしたら、今のこのサッカー界を変えてくれるかも…




「お前たちに言っておく」

鬼道総帥が口を開くと部員たちが黙る。



「帝国に失敗は許されない。フィフスセクターからの指示があればそれを寸分違わず完璧にこなせ」

「はい!」



「………」

あぁ、


もう…自由なサッカーなんてないんだ。






「はっ、はっ、はぁっ…」

部活が終わり、皆が帰った後も俺はグランドに残る事が多い。体力を付けるために走り込みをしたり、腕力を鍛えるために筋トレをしたり…
本当はシュートを止める練習をしたいんだけど、相手がいないしな。他の部員に頼んでも「指示通りに動くだけなのに練習とか無駄」だと言って相手にしてくれない。


「はぁ…もっと自由にできたら」


「何をしている」

「!?」

俺一人だと思っていたのに声をかけられて飛び上がりそうになって声の主を見た。

「あ…佐久間コーチ」


危ない…フィフスセクターへの不満を口にするところだった。
聞かれたらただじゃ済まないのは目に見えてる。

「あの、練習を」

「部活動は終わった」

「えっと、自主練を」

「………」

佐久間コーチは普段から表情がほとんど変わらないから何を考えてるのか分からない。怒られるだろうか、


「…お前、キーパーだろ」

「あ、はい」

「ゴール前に立て」

「えっ」

「30分だけ付き合ってやる。終わったらおとなしく帰れ」

「え、えっ?」

佐久間コーチはスーツの上着を脱いでベンチに置くとシャツの袖口を捲りながらフィールドに足を運ぶ。

俺が突然のことに呆然としていると佐久間コーチが振り返った。

「キーパーはボールを止めるのが仕事だろ。俺のシュートを止めてみろ」

「……は、はい!」



凄い、凄い。
鬼道総帥と佐久間コーチは指導中もボールに触ることはめったにない。
実践で教えてくれたらとどんなに思ったことか、それがこんな所で叶うなんて。




「行くぞ」

「はい!」

佐久間コーチが足元のボールを軽く蹴り上げる。すぐに構えて、どんなシュートでも止めて見せるぞ!という気持ちでいたが…、


 ドッ!


「!!?」

受け止めたボールごとネットに叩き付けられてしまった。
必殺技でもなんでもないただのシュートなのに…



「凄い…」

「帝国のゴールキーパーはこんなもんか?かつての帝国ゴールキーパーは王とまで呼ばれていたぞ」

「もう一度お願いします!」

すぐに構え直すと、佐久間コーチが一瞬だけ笑った。

「よし」



何度も何度も止めようとするが全く止められない。
もっと、もっとだ…もっと強く


「そろそろ終わりにするぞ」

「まだ止めてません!」

「お前な…」


佐久間コーチは呆れ顔になるが、ふと思いついたように言った。

「次のシュートを止められたら、お前の気が済むまで付き合ってやるよ」

「え、本当ですか?」




「あぁ、行くぞ…」

次の瞬間、あたりがキンと張り詰めた。




「フリーズショット!!」

「!!?」


え?

俺は微動だにできず、気がついたときにはボールがネットを揺らしていた。
必殺技…佐久間コーチが必殺技を打つのを初めて見た。

「す、凄い!これが佐久間コーチの必殺技ですか!?」

「いや…」

興奮して駆け寄った俺に佐久間コーチは少し寂しそうに微笑んだ。

「これは俺の必殺技じゃない。俺の必殺技は数人の選手と連携して行うのが主だから」

「そうなんですか…一人で打つのは?」

「ある…が、俺はもうあの技は二度と使わない」

「どうしてですか?」

「約束したんだ」

佐久間コーチは小さく呟いた。

「アイツと…約束したんだよ、もう二度と使わないって」






「さ、帰るぞ」

「あ……はい」


名残惜しかったが、最後のシュートを止められなかったから従う。それにしても他人の技であの威力なら佐久間コーチ自身の技ならどれだけだろう。いつか受けてみたいな。



「雅野」

「はい」

部室に荷物を取りに行こうとしたら名を呼ばれて振り返る。すでに身だしなみを整えた佐久間コーチが真剣な表情で俺を見ていた。


「サッカーが、好きか?」

「はい!」

「フィフスセクターの指示に従ってサッカーをする覚悟はあるか?」

「………はい」


「…そうか、早く着替えてこい。もう遅い、寮まで送る」





送ってくれるという佐久間コーチを待たせてはいけないといつもより何倍のスピードで着替えを済ませた俺は部室を出た。
すると、廊下の曲がり角の向こう側から話し声が聞こえてくる。


「珍しいな、お前が練習の相手をするなんて」

「気まぐれだ」


この声…
少しだけ覗くと鬼道総帥と佐久間コーチがいた。


「懐かしかったんだよ、俺もお前と同じ世界が見たくて練習が終わってもグラウンドに残っていた。源田はいつも付き合ってくれたし、たまに辺見や成神も付き合ってくれた」

「あの頃は皆、本気だったな…」

「あぁ…なぁ、鬼道」

「何だ」

「アイツを…どう思う」

「どう、とは?」

「アイツも…もう自分のサッカーは取り戻せないのだろうか」

「自分のサッカーを持っていない奴は自主的に練習をしないとは思うがな」

「そう、だな。そうだと良いな…いつか、さ」

「あぁ、いつか…」




    また、本当のサッカーがしたいな。




佐久間コーチが鬼道総帥に敬語を使っていないのも、会話の内容も、どこか別の世界の出来事のようが気がして、

しばらくして、鬼道総帥がいなくなっていることに気づいて慌てて飛び出す。


「ん、雅野。遅かったな」

「すいません…あの」

「何だ」

「今…誰かいませんでした?」

「いや?誰もいなかったが…何だ、お前は幽霊とか信じる派か?」

「ち、違いますよ!」



とりあえず、全力で否定して…佐久間コーチと夜道を歩く。


「俺、サッカーが好きです」

「何だいきなり」

「佐久間コーチもサッカーが好きですよね」

「………」

「いつか試合をしましょう」

「は?」


珍しく間の抜けた声を出す佐久間コーチがおかしくて笑ってしまいながら言う。

「佐久間コーチや鬼道総帥、昔の帝国サッカー部と俺たち現役の帝国サッカー部の試合。少年サッカーじゃないからフィフスセクターに従う必要もありません」

「………」

こんなこと言って大丈夫だろうか、でも…



「佐久間コーチと、本当のサッカーがしたいんです」

「いつか……な」


てっきり、フィフスセクターを否定しかねない言葉だと咎められるかと思ったけど佐久間コーチはふわりと微笑んで頷いた。



フィフスセクターに従え、指示通りに動け

いつかフィフスセクターとは無関係な自由な試合を

本当のサッカーを



佐久間コーチの本心かは分からないけど、きっとこの人になら付いていっても大丈夫だと思った。




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