「ああああぁぁああーーーっ!!」

帝国学園。
その寮に響き渡る断末魔の叫び。


「うるっっっせぇっ!!!」

━ バァンッ!!


休日の午後を昼寝に費やしていた佐久間は突如として現実世界に引き戻され、怒りも露に扉を開け放つと隣の辺見の部屋の前に足を運んだ。

「うるっせぇんだよテメェッ!!」

足を止めるよりも先にその扉をガンッと蹴り付ける。

「何事だ」

辺見の向かいの部屋の源田も出てきて廊下には佐久間と源田の二人。

そこに部屋の扉がゆっくりと開かれて辺見が加わる。


「てめぇコラ、どうしてくれんだ。あ?せっかく夢の中で鬼道さんと良い所まで進んだのにヤる寸前で鬼道さんが大絶叫する夢に変わって目が覚めちまっただろうがっ!!」

「夢の中の鬼道を救う事が出来て何よりだ」


今にも掴みかかりそうな佐久間を抑えつつ「何があったんだ?」と源田に聞かれた辺見はハッとした表情になった。

「そうだった、無いんだ!!」

「無い?」

「はいはい、結構細かいキャラ設定なのに出番が無いのは分かったから僻むな」

「佐久間…」

「…チッ、分かったよ。で、何が無いんだ?」

源田が咎める様な声を出せば、佐久間は渋々と辺見を見遣る。


「……kら」

「あ?」

「…抱きまくら」

「……」

「……」

「……」

僅かな沈黙を破ったのは佐久間だった。

「抱きまくら!?え、お前今、抱きまくらっつった?うわー、引くわー男子中学生が抱きまくら」

「うるさいな!!落ち着くんだよ!!」

「…まぁ、辺見の趣味趣向はこの際置いておくが。その抱きまくらがないと?」

「あぁ、今朝まではあったんだよ。さっき、出かけてて今戻ったらなかった」

「……お前もか」

「へ?」

源田が口元に手を当てて苦々しく唸る。
辺見がその言葉に反応すると、源田は「実は…」と己の被害も報告する。

「椅子に置いていたクッションが無くなっていたんだ…勉強時は長時間座るから重宝していたんだが」

「同じ犯人なのかな」

「さぁ?」

揃ってウンウンと唸り始めた二人に佐久間は白けた表情で背を向けて自室へと戻る事にする。

「まぁ、可愛いじゃねぇか、狙うのがクッションに抱きまくらなんて…許してやれよ」

そう言って手をヒラヒラと振ると、自室に入り扉を閉めたが数秒後にまた開かれた。

「?」


扉が開閉される音の間隔の狭さに視線を向けた二人の視界に入ったのは、何やらドス暗いオーラの佐久間だった。


「…犯人を見つけ出してぶっ殺す」

「えっ」

「俺のお気に入りのペンギンさんぬいぐるみが無い!!」

「おい待て、この数分の間にお前には突っ込みたい事が多過ぎて追い付かない。抱きまくらは無しでペンギンのぬいぐるみを持つ男子中学生は有りなのか?大体ry」

辺見の抗議は当然のように黙殺され、3人は佐久間の号令により犯人探しの調査に乗り出した。





「ペンギンのぬいぐるみ?」

目撃情報がないか探す事にした3人は、適当に捕まえた生徒に質問する。

「後、小さめのクッシry」

「結構大きいペンギンさんだ」

「それから、抱きまry」

「すっごい可愛いやつ!!見なかったか?」

「んー、俺は知らない。おーい、誰かペンギン見なかったか?」

「何か違う…」

辺見はため息をついて成り行きを見守る事にした。源田は隣で難しい表情だ。


「そう言えば、さっき五条がペンギンとかクッション持ってた」

「何?」

「まさかの五条」

「アイツ、よく分からん奴だとは思っていたが、ペンギンさんを狙っていたとは…着眼点は素晴らしいが、この俺に喧嘩を売った事を後悔させてやる」

「お前の中で俺達の抱きまくらとクッションはカウントされていないのか」





「五条ォオーーッ!!」

佐久間は五条の部屋の扉をガンガン殴り、部屋の主が出てくるのを待つ。

数秒の間を置いて開けられた扉を限界まで開き、ズカズカと入り込んで五条を部屋の中に押しやる。

「てめぇ、俺のペンギンさん返しやが……ん?」

佐久間は部屋の中に居た五条以外の人物に目を丸くした。
それは後からやってきた源田と辺見も同じ。


「成神?…と、音無?」

「あ、先輩。こんにちわっス」

「こんにちわー。お久しぶりです」

五条の部屋に居るには違和感の塊のような二人に佐久間達はぽかんとする。

「クククッ、困りますねぇ…勝手に部屋に入られては。先客が居るというのに人口過密ですよ」

相変わらずの慇懃な態度にイラッとしながらも佐久間は春奈の前にあるペンギンを見つけて歓喜の声を上げた。

「いたーー!!」


両手で抱える程の大きさのペンギンに頬擦りしながらご満悦の表情の佐久間の足元には源田のクッション。

「五条…許すまじ、よくも俺のペンギンさんを」

「あ、違うんです!!」

サッと佐久間の前に出てきた春奈が早口に説明する。

「私、お兄ちゃんから五条さんが占い得意だって聞いたからちょっと気になって、成神くんに協力してもらって五条さんに占いをしてもらってたんです!!」

「まぁ…寮に女子を入れた問題は後で追求するとして。何で占いと俺達のクッションやらが関係あるんだ」

源田が至極最もな事を言えば成神がへらっと笑う。

「占いの結果がラッキーアイテム、ふわふわのものだったんで寮内にあるふわふわしてたの借りたんです」

「アホか。借りたんじゃなくて盗んだんだろ」

「おい、俺は結局この怒りを誰にぶつければ良いんだ?根本の原因の音無に手を出す訳にはいかないし」

「知るか。つか、俺の抱きまくらは?」

「はい?」

五条が首を傾げる。

「私はペンギンとクッションしか知りませんが?」

「え?」

「俺はペンギンさん戻ってきたから後はどうでも良いわ。じゃな」

「俺、勉強しないと…」

「あ、私そろそろ戻らなきゃ」

「じゃ、俺が送るよ」

「ありがとう、成神くん」

一人ずつ部屋を出ていき、残されたのは五条と辺見。

「……」

「……」


五条は立ち尽くす辺見を気にする様子もなく己の部屋で寛ぎ始めた。





「………え?」









「さぁて、と」

春奈を送り、自室へ戻った成神はニヤニヤとこれからの事を考えていた。


「辺見先輩に、どんな交換条件を出そうかなぁ」




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