「それじゃあ、今日はここまでにするか」
クールダウンも終わり、ミーティングもひと段落したところで源田のその一言に、部員たちはそれぞれ帰る準備を始める。
「お疲れ様でした!さようなら!」
僅か数十秒でダッシュで部室を出ていったのは成神。
それにチラリと目をやった不動が舌打ちをする。その一部始終を見ていた佐久間と辺見は呆れた表情だ。
「まだやってんの、お前」
佐久間の問いに不動はけだるげに着替えながら「何が」と返す。
確かに佐久間の質問は会話の流れも全くなく、普通ならば不動と同じ返答をするだろう。しかし、佐久間だけでなく辺見までため息をついて「分かってるだろ」と、咎めるような口調だ。
着替えを済ませ、ロッカーを閉めた不動は佐久間と辺見には見向きもしないで出口へと向かった。
「あいつが悪い」
これまた、答えになっていない返事を残して部室を出て行った不動に二人は顔を見合わせて無言でお互いに諦めの表情を読み取った…。
その頃の成神はと言えば、
「今日は大丈夫なはず…」
着替えもそこそこに腕に抱えた荷物を持って廊下を歩く。ユニフォームの上に制服の上着だけを羽織った姿が心もとない。
「トイレで着替えようかな」
「部室で着替えろよ」
「うわぁああああっ」
全く人の気配などしなかったのに、背後から聞こえてきた最も聞きたくない声に叫び声を上げ、振り返ることもせずに逃げようとした成神の腕を声の主が掴む。
「離せよ!」
「先輩に対する言葉遣いがなってねぇなぁ」
「離してください!」
「嫌だ」
「言葉遣い関係ねぇじゃねぇか!」
先輩などと認めたくない相手、不動を思い切り睨み付けて怒鳴る成神に不動は顔を顰める。
「つか、お前うるさい。大声出さなくても聞こえる」
「…っ、何でここにいるんだよ。俺の方がかなり早く部室でたのに」
「お前の行動パターンなんて高が知れてる」
不動の言葉に成神はイラつくが、口で勝てる気はしない。
かと言って他の何かで勝てる気もしないからこうやって逃げている訳だが…、
「何でお前は毎日、俺を追いかけてくるんだよ」
「お前が逃げるから」
「お前が追いかけてくるからだろ!」
駄目だ、こいつとは話にならない。
成神は未だに掴まれたままの腕を見た。
「…痛い」
「……」
離せと言っても、離さないくせに痛みを訴えればすぐに解放される腕に成神は眉根を寄せる。
この男は本当に何がしたいのか分からない。
日本代表として世界大会に出て優勝を勝ち取り、当然のように佐久間と共に帝国に戻ってきた。どの面下げて帝国に来ることができるのか。真・帝国の事をまだ完全には許すことの出来ない成神は正直、不動とは距離をおいていたかった。
それなのに、不動はなぜか成神にちょっかいをかけてくる。
自分が嫌われているということは分かっているはずなのになぜ。もし自分なら己を嫌う相手には近づきたくないと思うのにこいつは違うのか。
成神がそのような事を考えながら不動を見ていると、無表情だったその顔がふっと緩む。
「お前、難しいこと考えてるだろ」
「え」
「いや、正確には…簡単なことを難しく考えてる」
「は?」
首を傾げる成神に不動は喉の奥で笑いながら手を伸ばす。突然のことで動けなかった成神は簡単に首の後ろに手を当てられてしまった。
「なに…っ」
そのまま引き寄せられ思わず息を飲んだ。
「簡単に、考えれば、分かること…だろ?」
耳元に口を寄せられ、低い声で一言一言区切るようにゆっくりと言われ反射的に身体が震えた。
そんな成神に不動はさらに笑ってすぐに離れた。
ニヤリと笑いながら、呆然と立ち尽くす成神に向かって言う。まるで小学校の教師が児童に問題を解かせようと誘導していくかのように。
「俺がお前を追いかけるのも、お前を傷つけるつもりがないのも、お前が考えていることが分かるのも、お前を相手にしてるのも…簡単な理由だろ?」
「………」
全てをまとめて、直感的に頭に浮かんだ答えに成神は軽く目を見開いた。
すると不動は「ふっ…」と笑い、再び…今度はゆっくりと成神に手を伸ばした。
「つかまえた」