いい加減にしろよ、このホモ野郎


マキは一瞬、本気でそう思った。
目の前で繰り広げられるやり取りは台詞だけ聞けば、恋の駆け引きのような会話に聞こえなくもない。


二人が男同士ということを除けば。




「信じられないな」

「何でだよ、俺は本気でお前の事が好きなのに」

疑いの眼差しを向けるのは諭。信じてもらえずに少し不機嫌なのが瀬方。
マキはそんな二人を白けた目で見ていた。


昔からだ。

昔からなのだ、この二人は。
諭は瀬方よりも後におひさま園にやってきた。

瀬方とマキは小さな頃から遊び友達で、新しい仲間が来たと聞いて見に行った時に瀬方が諭に一目惚れしたらしい。

瀬方曰く「最初は女だと思った」そうだ。

今となっては多少は中性的な見た目とは言え、女に間違われる事はない諭だが、確かに当時は女の子に見えなくもなかった。

諭が男だと知ってショックを受けた瀬方だったが、すぐに立ち直り…というより開き直って諭に猛アタックをしかけ始めた。

諭はそんな瀬方が怖かったらしく、瀬方にちょっかいを出される度に砂木沼に泣き付くのが常であった。

そんな諭もいつしか慣れたのか、あしらう事が出来るようになり、むしろそれを利用するようになった。




「本当に俺の事好き?」

「あぁ」

「…瞳子さんに風呂場の掃除を頼まれたんだけど、手を怪我したから掃除が辛い。俺がこんな辛い思いをしてるのどう思う?」

「俺が代わってやる!」


そう言って風呂場に直行する瀬方を、怪我しているはずの手をヒラヒラと振って見送る諭。

『アレが欲しい』『それをやって』『俺が好きなら』『信じてる』『出来るよね?』


諭のお願いとあらば、大体の事をきいてくれる瀬方に周りは憐れみの視線を送るようになっていた。



マキは呆れた表情で諭を見る。


「酷い男」

「計算高いと言ってよ」

「マキュア、あんたみたいな男嫌い」

「お前は自分の言う事に従う奴が良いだけだろ」

マキは「べーっ」と舌を出して大袈裟に顔を背けると、自室へと去っていった。




「…俺だって、自分はあまり好きじゃないけどね」

小さく呟いた声を聞いた者はいなかった。






「本気なんだ」

「…………」

夜。
諭の部屋に来た瀬方はいつにない真剣な面持ちでそう言った。

「俺、本気でお前が好きなんだよ」



あぁ、もう…
お遊びもここまでか、



諭は自嘲気味に軽く笑って窓際に立つと「こっちに来て」と、瀬方に向かって手招きをする。

素直に側に立った瀬方に笑って諭は窓を開けた。
そして「あれ」と、夜空を指差す。

「ん?」

瀬方が首を傾げると諭はニヤリと笑う。



「あの星を取ってきて」

「は?」

「あの星を取ってきたら、お前の事を好きになる…と、思う」

「んな無茶苦茶な。しかも『思う』かよ、確定じゃないのか」

「これが最後だよ」

「………」

「これが最後のお願いだ……頑張ってね、隆ちゃん」

「っ」

小さな頃の呼び名で呼ばれ、一瞬たじろいだ瀬方を部屋の出口まで押しやる。


「ほら、さっさと行け。期限は一週間だからな」

「ちょっ、期限あるとか聞いてねぇ…」

「今言った」

「な…」
そして瀬方を追い出し、無情にも閉じられた扉。

瀬方は暫くその場に呆然と立ち尽くしていた…。





「…どうやったら星を掴まえられるのかな」

「死ねば?」

ボーッとして小さく呟く瀬方に緑川が辛辣に言い放つ。

「そんな事言ったら可哀想だよ緑川…ここは、天に召されたら?って言うんだよ」

にっこりと笑うヒロトに緑川も「そうか、それだ」と笑う。

しかし、瀬方は無反応。

ヒロトと緑川は顔を見合わせて肩をすくめた。

「つまんない」

「ねー」



ずっと、この調子である。



諭はそんな瀬方に溜め息をついていた。


「星を取ってくるなんて、今なら簡単な事なのに…」




そして、
約束の一週間が過ぎようとしていた。



「諭、ちょっと来て」

「………」

答える前に手を捕まれて引っ張られる。
無言のままついていくと、瀬方は外に出て離れた位置にある物置小屋に向かう。

虫の鳴き声や夜風に、諭は昔の事を思い出し…


「諭」

いつの間にか手を離していた瀬方は小さな箱を持っていた。
ほら、と箱を渡された諭はハッとして瀬方を見る。

無言で促された諭が箱を開けると中からいくつかの星が綺麗に光りながらふわふわと出てきた…いや、正確には星ではなく、


「蛍…」

数匹の蛍が諭の周りをふわふわと飛びながら淡い光を放っていた。


「今度は掴まえたぜ…星」

「覚えて…たのか」

得意気な瀬方に諭は何とも言えない表情で空になった箱を見る。
蛍たちはもう何処かへ行ってしまったらしく、周りに蛍の輝きはなくなっていた。



『蛍キレー』
『うん』
『星みたい』
『欲しい?』
『え?』
『星、諭が欲しいなら掴まえる』
『本当?』
『うん…今は無理だけど、大きくなったら掴まえられるようになるよ』
『ありがとう!掴まえてくれたら隆ちゃんのこと大好きになる!』



小さな子供同士の約束。
忘れたと思っていた。


「…正直、思い出したのは昨日なんだけど」

瀬方はガシガシと頭を掻きながら言う。


「お前が欲しいなら、星だって掴まえるよ俺は」


「……馬鹿だな、お前」

「うん」



あぁ、本当に…お遊びはここまで、
次は自分が約束を守る番だ。





  『隆ちゃんのこと大好きになる!』





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