とても晴れた日の午後のことだった。

アフロディは晴矢と風介に誘われて、彼らの居住地に赴くことになった。
友人の家に遊びに行くということが殆どといっていいほど無かったアフロディは少しばかり高ぶった感情のままその扉をたたいて、来訪を告げた。


「はーい」

聞こえてきたのは、聞き覚えはあるが晴矢でも風介でもない声…さて、どこで聞いた誰の声だっただろうか、などと考えている内に目の前の扉が開かれた。
視界に映ったのは晴矢の燃えるような赤髪より落ち着いた臙脂に近い色の髪。


「え…と、ヒロトくん、だっけ?」

「うん。久しぶりだねアフロディくん。晴矢と風介なら今買い物に行ってるよ」

「え」

「君が来るからお菓子とか買ってくるとか言って…ちょっと遅くなってるみたいだね」

「そう…」

さて、どうしたものか。
ヒロトとは顔見知りとはいえ「じゃあ、お邪魔して待たせてもらうね」などと言えるような親しい間柄ではない。

扉をたたく前のウキウキとした気分は沈み、困った表情のアフロディにヒロトは笑顔で首を傾げた。

「入らないの?」

「え?」

「晴矢と風介、すぐ戻ってくると思うから上がって待ってなよ」

「あ、ありがとう」

ヒロトが脇に避けて中に入るようにアフロディを促す。
その側をすり抜けて「お邪魔します」と中に入り、後ろからヒロトが来るのを待つ。

「こっち。二人が帰ってくるまでここで待ってて」

ヒロトに案内されてやってきたのは、立派な庭が見渡せる大きな部屋だ。

客を通すところだろうか、

アフロディがボーッと立って庭を眺めていると、どこかへ行っていたヒロトがいつの間にか戻ってきていてずっと立ったままのアフロディに笑う。

「立ってないで座ったら?…麦茶でよかった?」

「あ、うん。ありがとう」

「……」

「?」

おとなしく座ったアフロディの前にお茶を置いて自らも座ったヒロトはアフロディをじっと見つめる。

「…何?」

「君、なんかイメージと違うね」

「え?」

「世宇子中で雷門と戦ってた時と全然違う」

「あぁ…」

アフロディは麦茶を一口飲んで苦笑する。

「あの時は何も知らない、神を気取っていただけの子供だったんだよ」

「今は大人になったの?」

「…というより臆病になったのかな」

「臆病に?」

アフロディの言うことがよく理解できなかったようで、ヒロトは不思議そうな顔をする。

「昔の僕は全てを見下してた。周りの人間は僕より下の人間だからどうでも良かった…でも今は違う。南雲くんや涼野くんが僕の仲間になってくれて、円堂くんや鬼道くんは僕を許して友達だと言ってくれた」

「うん」

汗をかき始めたグラスを握ると掌全体に広がる冷たさにアフロディは息をついた。

「失うのが怖いんだ…」

昔は望んだものは全て手に入った。
それが本当に望んでいたものかは分からない。それでも、手に入るのが当たり前だと思っていた。

悪い意味で失うものなど何も無かった。
大切なものが何も無かったのだ。

周りにどう思われても構わなかった。失ってもどうとも思わなかったからだ。


「でも今は、皆が僕のことをどう思ってるか怖いんだ。嫌われたらどうしよう…僕がいらなくなって捨てられたらどうしよう…って、そんなことばかり考えてしまう」

そこまで言ってアフロディはハッとしたように俯きかけていた顔を上げる。
目の前にはヒロト。名前以外はよく知らない。自分のチームメイトの家族だということしか分からない相手。

「ご、ごめん…変なこと言ったね。忘れて」

「もしも」

アフロディの言葉に被せるように、少しだけ大きい声でヒロトが言った。

「もしも、君が世界に一人だけな気がする時があれば、夜空を見上げてごらん」

「夜空?」

「うん。星が凄く綺麗だよ」

「…うん?」

「その中でも一番綺麗な星が俺ね」

「は?」

「見つけられたら君は一人じゃないよ」

「……」

「もしもの話だよ」

ヒロトは立ち上がって、アフロディを見るとにっこりと笑う。

「だって、そんな時は来ないもの」

「え」



「ただい…あー!照美の靴がある!」
「だから、はやくしろとあれほど」
「俺のせいかよ」
「少なくとくとも私のせいじゃない」


だんだんと二人の声が近づいてきた。ヒロトは満足気に声のする方へ視線を送り言った。


「あの二人を信じて、大丈夫だから。信じれば応えてくれるよ」


「…うん。君も」

「ん?」

「君のこと」

「照美!」

晴矢が顔を出し、ヒロトを見つけると訝し気な表情を浮かべる。


「何してんだ、お前」

「君たちのお客さんを放っておけないだろ」

「変なことしなかっただろうな」

風介の冷たい視線にはヒロトは軽く肩を竦めるだけだ。そして、アフロディに向かって小さく「じゃあね」と手を振って部屋を出て行ってしまった。


「悪いな、出かけてて遅くなった」

「照美、コーラは飲めるか?」




「君たち……良い家族がいて幸せだね」

その言葉に二人はキョトンとした表情をして顔を見合わせ、同時に眉をひそめてアフロディを見る。



『お前も俺(私)たちの家族だろう』





「……あはっ、そうだったね」

アフロディは泣きそうな笑顔で頷いた。






ねぇ、ヒロトくん


もしもだよ?





君のことを…信じたら、


君も僕に応えてくれるのかな?







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