カイは「安心してよ」と、クスクス笑う。
「僕は人を殺したりなんてしない。ただサッカーがやりたいだけだもの」
そして「僕の事はもう良いよ。早く試合を始めよう」と、周りを促した。
瞳子は笑って腕組みをすると、ヒロトに向かって言う。
「精々、私を楽しませてね?」
「…っ」
ヒロトは瞳子に背中を向けて唇を噛み締めた。
そんなヒロトの肩を、風介が軽く叩く。
「気にするな…とは言わないが、アレは瞳子であって瞳子じゃない。自分の姉を見失うな」
「…分かってる。あと、姉さんは風介の姉さんでもあるんだよ」
ヒロトがそう言うと風介はニヤリと笑った。
「ならば尚更、私の姉を見くびるな。あんな催眠などすぐに解けるさ」
「テレス君が加わって此方の守備は強化された。攻撃的にいくべきだ。僕と涼野くん、そして染岡くんはFWとして積極的に攻めよう」
「あぁ…」
「分かった」
アフロディの提案に頷き、全員がポジションに付く。
「リク……ここからが、始まりだよ」
小さく呟くカイに瞳子がチラリと視線を向けた。
「死んだ弟が大切?」
「君みたいに代わりなんていないからね」
「……言葉に気を付けなさい」
「…ふふっ」
やはり、強い催眠にかかっていても弟であるヒロトを侮辱されるのは我慢ならないようだ。
何故か満足気な笑みを溢すカイを不可解に思いながらも、瞳子は何も言わなかった。
「ほら、そろそろ始まるよ」
カイの言葉に瞳子が視線をフィールドに戻したのと同時に試合が始まった…。
「ヘブンズタイム!」
アフロディが辺見と木暮を抜く…しかし、すぐに吹雪にボールを奪われ、攻守は逆転した。
「エドガー君っ!」
吹雪からボールを託されたエドガーがその場で立向居を見据えた。ゴールまでかなり距離があるが、エドガーにとっては距離が開けば開くほど有利になる。
「…っ、これが狙いか」
まんまとボールを上げてしまったアフロディは柄にもなく、舌打ちをしてボールを奪い返しに向かうが既に遅かった。
「エクスカリバーッ!」
ボールが剣の如くゴールネットへ向かう。
そこにテレスが立ち塞がる。
「アイアンウォール!!…っ、うおおぉっ!!」
エドガーの放ったシュートはテレスを吹き飛ばし、そのままゴールへと向かう。
「魔王・ザ・ハンドォッ!」
立向居が受け止めようとするが、ボールは嘲笑うかの様に立向居を弾き飛ばしてネットに吸い込まれる。
「くそっ…」
早速の失点に染岡は悪態をつき、そんな染岡を見て木暮が笑う。
「だっさぁい」
「あぁっ!?」
「怖っ、ウッシッシッ!」
木暮はパタパタと吹雪の後ろに隠れて笑う。
吹雪もクスクスと笑いながら染岡を見ていた。染岡は舌打ちをして背を向ける。
「感じ悪ぃ…」
吹雪も木暮も、操られているだけだとは理解している。
しかし、頭で理解しても心は別だ。
「俺は信じる…」
「あ?」
自分のポジションに戻ろうとした染岡が成神と擦れ違う瞬間、成神が呟いた。
「辺見先輩は…口は悪いし、すぐ殴るし、端から見れば良い先輩じゃないけど、本当は凄く優しいし、仲間思いだし…何よりサッカーが好きなんだ」
「………」
「吹雪とか、木暮とかいう奴らの事は俺はよく知らないけど…アンタ達なら信じてやれるだろ?」
前を見据えたまま、そう言う成神は言葉とは裏腹に声は若干震えていたが表情だけはしっかりとしていた。
小柄な成神が拳を握り締め、しっかりとフィールドを踏み締め、仲間を信じている。
俺は一体何を不安に思っていたのか…
染岡は「ふっ…」と軽く笑って成神の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ありがとよ」
「子供扱いすんなっ」
ヒラヒラと手を振って離れる染岡を不満気な表情で見送る成神を見て、佐久間が息を吐く。
俺が心配するまでもなかったか…、
むしろ、心配すべきは
チラリと視線を流した先には辺見と鬼道。
あの、馬鹿共。
催眠だか、何だか知らないが殴って正気に戻してやる。
佐久間の視線に気付いたのか、二人が佐久間を見る。
鬼道は自信に溢れた笑みを溢し、辺見は無表情ですぐに佐久間から顔を背けた。
「今度は此方の番だ」
早々に点を決められ、苛ついている様子の風介の声に皆が頷いた。