「あ、居た」
宿舎の裏側にて、何をするでもなくただ座っていた不動は声につられて視線を動かした。
(不動からすれば)胡散臭い笑顔を顔に張り付けたヒロトが片手を上げながら近付いてきた。
「円堂くんが探してたよ」
「あっそ…」
「行かないの?」
「俺は円堂に用事ない」
「協調性が無いって言われない?」
何も言わずに睨み付ければ、ヒロトはクスクスと笑って不動の隣に座る。不動は迷惑そうな表情を浮かべてヒロトから視線を逸らす。
「じゃあさ、俺と話をしようよ」
「話の脈絡がめちゃくちゃだって言われないか?」
「よく言われる」
皮肉も笑顔で返され、出るのは溜め息だけ。
何が楽しいのか、ヒロトはニコニコと笑ったままだ。
「前から君に興味あったんだよね」
「俺、男に興味ないんで」
「ははは、冗談が言えるんだね不動くん」
会話が噛み合ってない気がするのは俺だけか…?
軽く頭痛を覚えた不動は目頭を抑えながら再び重い溜め息をついた。
「溜め息すると幸せ逃げるよ」
「…元々、幸せなんて持ってない」
「じゃ、俺が幸せにしてあげるよ」
「は?」
思わず、間の抜けた声を出した不動は目を丸くしてヒロトを見た。
しかし、ヒロトは冗談を言っている様子ではなく、優しく微笑んでいた。
「君が幸せを感じた事がないのなら、俺が教えてあげる。誰かが側にいるだけで感じる幸せもあるんだよ」
「……」
「君は一人じゃない」
「…っ」
ヒロトの言葉に、視線に耐えられなくなった不動は勢いよく立ち上がる。
ヒロトはそんな不動を下から見上げるだけで何も言わない。
「お前に…何が分かるんだよ」
「分からないよ。君がどんな風に苦しんでるかなんて分からない…だから教えてよ」
ヒロトはゆっくりと立ち上がって真正面から不動の視線を捉えた。
「そしたら、そんなの忘れるくらい幸せにしてあげる」
「お前…馬鹿だろ」
「世の中、大体は馬鹿な方が幸せだよ」
「馬鹿だからな」
「馬鹿だからね」
「……」
「……」
ややあって、同時に吹き出す。
「意味分からん」
「ホントにね」
不動は「あー、もうっ」と何かを吹っ切ったかのように呟いて、ヒロトに背を向けて歩き出した。
「どこに行くの?」
「円堂が呼んでるんだろ」
「あ、そうだったね」
本来の目的を忘れているヒロトに不動は呆れ顔を向けたが、当のヒロトはニコッと笑う。
「それじゃ…一緒に幸せになろうか、不動くん」
「…だから、お前は話の脈絡というものを学んでこい」