そろそろ試合を始めようか、という時になって砂木沼が到着した。
手には数枚の資料を持っている。それを見た瞳子が「あら…」と声を上げたのに気付いたカイが視線を砂木沼へと向ける。


「ただの気休め程度の時間稼ぎだったけど…まさかこんなに早く情報を取られるなんて」

軽く溜め息をついて「多分、下鶴くんが力を貸したんだろうけど…舐めてたわ」と呟く。



砂木沼はカイの側にいる瞳子の姿を確認すると、何とも言えぬ表情になったがすぐに視線を逸らしてヒロト達の所へと近寄る。



「砂木沼」

ヒロトが名前を呼ぶと、砂木沼は軽く頷いて皆の注目を集める。


「あのカイという者の事が分かった」


「………」

カイは目を細めて無言のまま胸元に手を当てた…。





「彼の名前は紺野カイ…2年前に繰唆中のエースストライカーだった紺野リクの兄だ」



紺野リクは将来を有望視されていた選手。プロ入りは確実だろう、とまで言われていたが交通事故により足を負傷。
一時は回復したものの数ヶ月後に再び事故に遇い、そのまま帰らぬ人となった…。

吹雪が僅かに反応を見せ、カイを見た。


瞬間、



「違う!!」

砂木沼の情報にカイが珍しく声を荒げる。


「リクは事故で死んだんじゃない!!リクは…っ」



カイは自分を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をして数回瞬きをする。
冷静さを取り戻すと、静かに語り始めた。

「リクにはサッカーしかなかった…僕は、リクがサッカーをしている姿を見るのが大好きだった。リクはいつも言ってたよ…“兄さんの為にフットボールフロンティアで優勝してあげる”って」



リクの姿を思い浮かべているのか…微笑みながら瞳を閉じる。


「一生懸命だった。いつもサッカーの事ばかり…僕はリクの事も、サッカーの事も大好きだったよ」


スッと瞼を開け、微笑みも消える…。



「その幸せを、たった一度の事故が全て奪った…リクはもう二度とサッカーの出来ない身体になった」


「……」

一之瀬にはそのリクという少年の気持ちが痛い程分かった。
どれ程、絶望したことだろう…自分は自らを死んだ事にした程…死んだ事に……、


一之瀬はそこに気付いて、目を見開く。まさか…

カイは一之瀬の変化に自嘲気味にふっ、と笑った。



「そうだよ一之瀬くん…リクは、サッカーを続けられない事に絶望して自殺した」

「そんな…」

「誰もが君みたいに強い訳じゃない」

「………」

カイの強い視線に一之瀬は言葉を失う。


“頑張れ”とか“きっと、大丈夫”とか

それがどれだけ無責任な言葉か分かるだろうか…?


「リクの自殺はただの事故だと処理された。将来を有望されていたサッカー選手が自殺なんて、これからのサッカー少年達に良い影響は与えないからだって」

カイは「ふふっ…」と冷たく笑う。


「そうやってリクの遺志は無視された…どうして?リクがどれだけ絶望したか!!どれだけ苦しんだか!!」


カタカタと震える腕を抑え、再び冷静さを取り戻そうと息をつく。


「リクは…ただ、大好きなサッカーを続けたかっただけなんだ」


そして、カイは両手を広げて微笑んだ。


「ここにいる彼らだってそう」



 “サッカーが好きだ”

      “強い相手と戦いたい”

   “ずっと仲間でいたい”

“サッカーが自分達を繋いでくれる”

    “サッカーが自らの誇りを守る”



「理由は何だって良い…大切なのはサッカーを続けたいと思う気持ち。それさえ分かれば、後はほんの少し背中を押してあげるだけ」


「…一種の洗脳のようなものだな」

砂木沼が言う。
カイの事や円堂達の話をした時に下鶴が言った。


『もしかしたら、円堂達はかつての我々のように洗脳されているのかも知れない』



「似たようなものかな」

カイはあっさりと認めるが、円堂達には大した反応は見られない。承知の上なのか、それすら享受してしまう程の洗脳なのか。


「もっと簡単に言えば催眠術だよ…“君達は強い”“君達はサッカーを続ける為なら何だってする”」


カイはサラリと髪を流してクスクスと笑う。


「知ってる?人間って普段は本来持っている力は殆ど使わないって…脳がそれを止めてるんだ。何故だと思う?」

「………」


「余りにも強すぎて身体がそれについていけないから…でもその脳が制御を外したら?凄いパワーだと思わない?…だから僕は催眠術で彼らの制御を少し緩くしてあげただけ」

「そんな事が…」

フィディオが戸惑いの表情を浮かべると、カイは軽く首を左右に振る。



「催眠術を甘くみない方が良い…使い方によっては人を殺す事だってできるんだから」


「………っ」


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