あぁ、どうしよう…



大夢は己に課せられた使命に重い溜め息をついた。
5分ほど前に、瞳子に「昼食が出来たから、昼寝をしている晴矢を起こしてきて」と頼まれたのだ。


緑川ならまだ良い。
布団をはいで、それでも起きなければその身体目掛けて飛び込むのも有りだ。

しかし、晴矢は駄目だ。


「はぁ…」


大夢は晴矢が苦手だった。
セカンドとマスターというランクの違いを除いても晴矢が苦手だ。


口が悪く、大雑把で俺様な性格。


はっきり言って怖い。
砂木沼や風介も怖いのだが、あの二人の威圧感とはまた違った本能的な恐怖なのだ。


でも、呼んでこなければ。
瞳子から仰せ使った大事な任務。呼ばずに昼食を抜きにさせたら後が怖い。



大夢は一度大きく深呼吸をして、先程から目の前にあった晴矢の部屋の扉を叩いた。



「………」

返事はない。
これくらいのノックで起きるのは瀬方くらいだ。

少し強く叩いてみたが、それでも反応がないので意を決して扉を開く。



「晴矢……さん?」

名前を呼びながら部屋に入ると、ベッドで気持ち良さそうに寝ている晴矢が視界に入る。


側に立って晴矢を見下ろす。
気持ち良さそうにスヤスヤと眠る晴矢は寝顔だけ見れば普通の中学生だ。



「…晴矢さん」

膝立ちをして晴矢の身体を揺する。



「晴矢さん、起きてください。ご飯が出来たみたいですよ」

「…ん」


晴矢の目がゆっくりと開かれ、大夢を捉える。



「…っ」

ジッと見つめられて思わず目を逸らした。

「ぁの…ご飯、です」

そのまま小さく呟けば、晴矢が無言で身体を起こす。
反射的にのけ反るように足を一歩後ろへ引くと晴矢は未だに眠そうな目を大夢に向けた。


「…怖がんなよ」

「…え?」

頭をガリガリ掻きながら欠伸をして、立ち上がる。
今度は、未だに膝立ち状態の大夢を晴矢が見下ろす形になった。


「俺、別にお前に何もしてないだろ?」


「あ、いゃ…怖がってる訳では…」


ば、バレてる…
視線を泳がせ、ヨロヨロと力無く立ち上がった大夢は何故だか泣きそうな気持ちになった。



晴矢に自分の苦手意識を悟られてしまった…。


誤解されてしまった…いや、誤解ではない。
確かに大夢は晴矢が怖い。

しかし、決して嫌ってはいない。
もし晴矢が大夢から嫌われてると勘違いをしてるならその誤解は解かなくては…



「んー、この辺にあったはず…」

大夢が一人でグルグル考えてる間に晴矢は机の中をゴソゴソと漁っていた。


「お、あった」


そして、何かを手に取って大夢の手に握らせる。



「………?」

「キャラメル。食えよ。んで、餌付けされろ」

「餌付けって…」


思わず大夢が笑うと、晴矢はくしゃっと大夢の頭を撫でる。


「でも昼飯食ってからな、じゃないと瞳子に怒られる」

「…好きです」


「ん?あぁ、美味いよな。キャラメル」



晴矢は「ホラ、行くぞ」と大夢を促して部屋を出た。


大夢は晴矢の後ろから歩いているから晴矢は気付いていない。



大夢の顔は真っ赤に染まっていた。



“…好きです”


アレはキャラメルの事ではない。

晴矢の事を“嫌いじゃない”と言おうとして、しかし口から出てきたのはあの言葉。

全くの無意識だった。
だからこそ怖い。




あぁ、そうだ…

自分は怖いのだ。晴矢が怖い。




「好き…なんだ」



晴矢に聞こえないように小さく呟き、手の中のキャラメルをギュッと握った。





それは…きっと甘くて美味しいに違いない。



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