「…………」
「…………」
「で?」
「はいぃっ」
雷門中、サッカー部の部室の壁に追い詰められるようにして背中をあてている緑川はガタガタと震えながら、目の前の人物を見た。
自分以外の全ては敵だとでも言うような目付きに、怒っているような低い声。
基本的にエイリアでは甘やかされる部類だった緑川にとってこの男、不動は苦手な相手だった。
「えーと、何の話だっけ?」
これはきっと本能が拒否しているんだ。そうに違いない。
だって、現にさっき不動に言われた言葉を忘れてしまっている。そうだ、このまま忘れてしまおう。
きっとその方が幸せなんだ。
「だから、俺と付き合えっつったんだよ」
「思い出させられたぁ」
頭を抱えてズルズルと崩れ落ちた緑川を不動は「?」という感じに見下ろし、
「お前が聞き返してきたんだろうが」
と、自らも膝を折って緑川と視線を合わせる。
「ぅ…」
「返事、聞いてねぇんだけど?」
「でも、俺達お互いの事よく知らないしさ」
「今、知っている情報だけで気に入ったから問題ねぇ」
俺には大問題なんだよ!!
とは言えずに、緑川はウンウンと唸る。
不動に好かれるような事はやってないはずだ。
きっと、俺の事をちゃんと知ったらその気持ちは勘違いだってことに気付くはず…、
「あ…分かった」
「あ?」
パッと表情を明るくした緑川は不動に提案する。
「お試し期間ってことでどう?」
「はぁ?お試し…?」
「そう。少しだけ付き合ってみて…もし、お互いの事が気に入らなかったら今まで通りに戻るの」
これが最大限の譲歩だ、とでも言うような緑川の表情に不動は「ふぅん…」と考え、
「良いぜ」
と、ニヤリと笑った。
「よし、じゃあそんな感じで……っ?」
今日はこの辺で、とその場を逃げようとした緑川の口は不動に塞がれてしまった。
「んっ、んーっ、んぅー!!」
バタバタと暴れる緑川を離すと、顔を真っ赤にして荒く息をつきながら不動を見つめる。
「な…なっ、何?」
「お試し…だろ?」
スッと立ち上がった不動は緑川に背を向けて、部室の出入口へと向かった。
「お試し期間だからなぁ、恋人同士がやることは全部試さないとなぁ?」
最後に肩越しに振り返ってニヤリと笑みを残してから、不動の姿は見えなくなった。
暫く放心状態だった緑川はハッと不動にされた事を理解して、改めて頬を染める。
「初めてだったのに…」
悔しいやら、恥ずかしいやらで怒っていいのか悲しんでいいのか…
しかも、恋人同士がやること全部って何すんのっ!?
もしかして、大変な提案をしてしまったのでは?
と頭を抱える。
とりあえず、落ち着こう。部屋に戻って寝て起きたら、全ては夢になっているかも知れない。
よし、部屋に戻って寝てしまおう!!
「……立てない」
「…ところでよ」
『んー?』
ライオコットにて、不動は日本にいる緑川と電話で少し話をした後にふと思い出したように言った。
「お試し期間っていつまでなんだ?」
『………あ』
「…お前、忘れてたな?」
電話の向こうから緑川の乾いた笑い声が聞こえてきた。
『そ、そうだったね…ごめん』
「何で謝るんだよ」
『いや、だから…お互いに気に入らなかったら今まで通りの関係に戻らなきゃ』
「………気に入らなかったのか?」
『え?』
「言っとくけど」
不動は不機嫌だということが如実に分かる声で宣言した。
「返品は不可だかんな」
『………買い取ります』