徳川と保科
徳川家光+保科正之
「ど、どどして、幸が泣く?」
ぼろぼろと零れ出した涙は止まらなくて、ただ袖や床を濡らしていく。
「…だって、だって、」
兄上は。
僕は実の父上には愛されなかっただろう。崇源院様を愛していた父上にとっては、僕は隠すべき子供だったのだから。
でも母上も見性院様も、義父上もみんな僕を愛して大事にしてくれた。時に良からぬこともあったけれど、それも大したことではないだろう。
「あ、にうえは…っ、」
それなのに兄上は将軍である父上にも、腹を痛めて産んでくれた崇源院様にも、疎まれやしなかったものの十分に愛されなかったと聞く。
だから忠長兄上を憎んで六人衆を愛して、少しずつ自分の世界を作り上げた。
「幸は、ややしいなぁ」
優しい優しい兄上は、僕を引き寄せ幼子をあやすように背を撫でてくれる。僕の涙は相変わらず止まらなくて兄上の上着を濡らしてしまう。
「そんな、こ、と…ない、です…」
「大丈夫」
「い、今は幸が、こななも家光を想ってくれれから」
そんなに寂しそうに笑わないで。
今は、貴方の手の中に望んだものがあるから。