阿部と保科
阿部忠秋+保科正之
何を食べても、味がしなくなった。食事はもちろん、甘味や茶も全て味がしない。
「豊後殿、」
「…これは、肥後様」
国許会津には帰らず、ただただ家綱様の為に在府し続けるこの方の世界はゆっくりと色を失っていくのだろう。
誰より家光様を大事にし、兄としてではなく将軍として忠誠を尽くした。
「どうしたのですか?」
「――…食物の、味がしないのです」
もう味を忘れてから何ヵ月経つのだろうか。あんなにも好きだった甘味も、こんなにも美味しくない。
「対馬殿が、居ないから…?」
「恐らくは」
作十郎が一緒だった時には美味しかったものが、味を失った所為であまりにも不味くなった。
「僕も、兄上が居なくなってから…世界が薄暗いんだ」
「太陽を失ったから、長四郎がそう言ってました」
「まさにその通りかもしれない」
口に放り込んだ団子の味は、何もしなかった。
そのことに気付いて絶望したあの日は孤独の中にしまったまま。
世界は色を失くし、食物は味を忘れた。