井伊と伊達
井伊直孝+伊達秀宗
本当は煩わしいから周りに人を近付けたくなかった。
それこそ父との間には溝を作り、兄との間には壁を作った。他の人間は都合良く近付いて来なかった。
だがそこに踏み込んだのが一人。
「直孝ぁ」
「どうした」
「蜜柑や」
籠に詰め込まれた橙色。それをこちらの返事も待たずに押し付ける。
相変わらずの自己中心っぷり、なのに大して苦にもならないのは不思議でしかない。
「なんで」
「父様がくれたんやけどそないにいらんしのぅ」
「は?」
「だからやる」
若干苛々しているのは父親が絡んでいるから、らしい。こいつはとことん自分の父親が苦手だから何かあった日にはすぐ顔に出る。わかりやすいと言えばわかりやすい。
「秀宗は素直だな」
「そないなことないに」
「いいや」
「じゃあそれでえぇわ」
こいつには裏表が無い、少なくとも俺に対しては。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。だから近くても許せた。
自分を偽らないから、人の顔色を窺わないから、何事にも真っ直ぐにぶつかるから。
「…お前が、同じだったら良かったのに」
「なんや言うたかの?」
「何でもない」
同じ譜代だったら、良かったのに。
こいつが伊達の跡継ぎなら、良かったのに。
俺が井伊の跡継ぎなら、良かったのに。