織田主従
織田信長*丹羽長秀
何故か主の機嫌が物凄く良くない。端から見てもその苛立ちは感じ取れるし、それを知ってか誰も近付こうとしない。
「殿、」
「…」
「何かございましたか?」
ちらりと目が合って、舌打ちされたと思ったら湯飲みを投げつけられる。中身が入っていたそれはもちろん熱いし何より痛い。割れた破片で顔も切れたらしい。
何かが伝うのを感じ手で拭えばそこには赤。
「…うち、なんやしはりました?」
「遅い」
薄々予想はしていた、何故こんなにも苛立っているのか。それはきっと手元に何ひとつ玩具が無かったからだ。
暇をもて余したとしても当主となった今では出歩くことすら許されない。なのにそんな時に限ってみんなが出払っていた。
「信、長はん」
「何だ」
「言うてくれはりましたら、うちはおりますのや」
「知っている」
一部隊を率いている司令官ではないし、遊撃軍の司令官なら他にも有能な人間が居る。だから別に自分でなくとも構わないのだ。
命令とあらば傍に有ろう、例え他の誰かが助けを求めたとしても。
行け、と言われるまではただ傍に。
「五郎左、」
「なんやろか」
「覚えておけ」
「俺を退屈させた罪は重いぞ?」
突如突き付けられた刃が薄く皮膚を切る。その声色は実に楽しそうだ。
「うちだけかいな」
やっと、笑ってくれた。