上杉義兄弟
上杉景虎*上杉景勝/景虎視点
触れたかった。
でも差し出した自分の手には彼を傷付ける白刃。
「さぁ景勝、殺し合おう」
声が震える。
それを必死に隠して紡いだ言葉は、届いたかな。
(もうかつての名は呼べない)
出来ることなら白刃を捨て彼の冷たい手を取って駆け出してしまいたい。
でもそんな甘いことを考えているのはきっと自分だけだろう。
「今がいい、景虎」
「駄目だよ。勿体ない」
「いつか起こることが今でも問題ないだろう」
「まだ。まだ景勝を生かしておきたい」
「くだらない」
君も呼んでくれない。わかっていたのに、いざ聞くとなると耳が痛い。
まだ生かしておきたい。動いて、喋って、息をしている君をまだ眺めていたい。
臆病者は自分の方かもしれない。
「ねぇ景勝、また月見酒でもしたいね」
「我は首と酒を飲む趣向はない」
「酷いなぁ…でも、君らしいや」
今、上手く笑えているだろうか。
本当は声も手も震えているんだ。それを見せないようにして、まだ解決の糸口がないかどうか探っている。
(もう一度喜平次と呼んだら、三郎と呼んでくれるだろうか)