上杉義兄弟
上杉景虎*上杉景勝/景勝視点
近いのに遠かった。
見上げるようにして差し出された綺麗な手には鋭利な白刃。
「さぁ景勝、殺し合おう」
耳が、痛い。
声が、言葉が、空気が、何もかもが痛い。
(もう違う人になってしまった)
過去にすがりついて、思い出に浸ろうとしているのは我だろうか。
でも、これはもう抗えない現実なのだ。この家に残されたのは数の足りない当主の席だけ。
「今がいい、景虎」
「駄目だよ。勿体ない」
「いつか起こることが今でも問題ないだろう」
「まだ。まだ景勝を生かしておきたい」
「くだらない」
昔のように少し苦笑しながら甘いことを言ってみせる。また、耳が痛い。
変わらないのなら、変えられないのなら、早くこの手を汚して終止符を打ちたい。
現実から目を逸らすことだって許されないのは知っているから。
「ねぇ景勝、また月見酒でもしたいね」
「我は首と酒を飲む趣向はない」
「酷いなぁ…でも、君らしいや」
痛い痛い。
どうしてそんな風に笑える。どうしてそんなことが言える。このままだと勘違いしそうになる。
(でも貴方はもうかつてのように呼んではくれない)