徳川と松平
徳川綱吉+松平正容
「兄上、はいっ」
「早かったね、ありがとう」
ありがとう。その一言が嬉しくて、私は貴方の為に何が出来るかをただ考えていた。
貴方の為なら、貴方が喜んでくれるなら、貴方が私に笑ってくれるなら。
私は何だってします。
「君はいつもそれを手放さないねぇ、私に会うのに取り上げられないの?」
指を差されたその先には、私の愛刀。黙って笑い返せば彼はまぁいいか、と庭に視線を移した。
「誰も、私からこの刀は引き離せない」
「だって、これは私が兄上から頂いたものですから」
従兄弟とはいえ仮にも将軍である彼に会うのに帯刀しているなんて、私くらいのものだろう。代わりと言っては語弊があるが、一応抜けないようにきつく紐で締めてはいる。
兄上が、私にくれた刀。兄上が使っていた、刀。
「本当に、正容は正経正経ってそればっかりだ」
「逆を言えば兄上以外なんて、私の世界には必要無いのだから当たり前でしょう?」
呆れたように言う彼を横目に刀へ触れる。それだけで顔が緩みそうになるのを必死に堪えながら、ゆっくりと口を開く。
「私には兄上しか要らない」
「正容の目には正経しか映らない。だから嫌いじゃないよ、君は」
私の世界にもう貴方が居ないなんてそんなこと、私が一生否定し続けてやる。
会津藩主の肩書きより、私には保科正経の異母弟ということの方が大事なのだから。