「忠興君、忠興君、」
「…なんだうるさい」
ひょこひょこと後ろをついて歩いて、長く伸び始めた彼の影を踏む度に思うのだ。この影を踏んだら彼をこの場に留めておけないだろうか、と。
もしそうなれば、彼は私の方を見てくれるかもしれない。どうしてそんな風に思うのかといえば、彼は歩き始めてから一度もこちらを振り向かないから。
「私は、君のことが好きです」
「俺は好きじゃない」
「知ってますよ、そんなこと」
少し歩を早めて隣に並び、また更に早めて彼の前に立ち塞がればようやく彼は私を見てくれる。そう、これでいいのだ。
「私を好きだなんて言ってくれる忠興君は、忠興君じゃありませんから」
だって後ろを振り返り私を見てくれる彼なんて、彼では無いのだから。私のことなんて視界に入れようとしなければ入りもしない、きっとそれぐらいがいい。
あからさまに煩わしそうな顔をして私を見るその鋭い視線が、邪魔だと言外に訴えている。それを理解していても簡単には避けてあげない。
「貴様が俺の何を知っているんだ」
「何も知らないかもしれません、でも知り得る可能性は持っています」
「可能性は、全ての人の上に平等ですから」
いつも通りに笑ってそう言えば、彼は苛立ちを隠しもせず私にぶつけてくる。
彼の好き嫌いははっきりしている。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。そして、興味関心の無いものはとことん無視。
「俺は神などというものは信じない」
「構いません。それは人それぞれの気持ちです」
可能性は全ての人に平等でも、それ以上は一握りの人にしか与えられないだろう。
しかし好きじゃないと口では言いつつも、望めば彼は私を視界に入れてくれる。話を聞いて、時に無意識に心配してくれて。
(愛ではないけれど、貴方は私を好きなんですよ)
そのことに彼は、気付いていないのだろうけれど。
「ねぇ、忠興君」
私の横をすり抜けてまた先を歩いてしまう彼の腕を掴もうと手を伸ばし、止めた。
引き留めることは得策ではない。
「行くぞ高山」
振り返りもせずに発せられた言葉に一瞬理解が追い付かなくて、目を丸くしてしまった。けれどまたすぐに彼の後ろを歩き出して、影踏みをするのだ。
(ほら、彼も私を好いている)
終わらない影踏みを始めよう