押さえ付けられた右手。絡めた指にはこの手を床にしかと縫い付けるように力が籠められている。

「ねぇ、従兄殿」

目の前には綺麗な人。顔立ちも、髪も、ちょっとしたことだって綺麗だ。だからついつい手元に置いておきたくなる。
綺麗なものを意図せずして好むこれは、上杉の血だろうか。

彼に手を伸ばせばすぐにそれは取られ、指先に唇を寄せる。丁寧に、丁寧に口付けていくそれは、いつだって彼だけが与えてくれる感覚。

「嫌なら、嫌と言っても良いんだよ」

優しい彼は、きっとその優しさに縛られている。昔とは違うのだから少しぐらい酷く扱ったって、壊れたりなんかしないのに。
ふわりと笑った顔はどこか淋しそうで。でも、嬉しそうだった。

「でも許されるなら、この全てを私の所為にして構わないから」

外される華飾り、寛げられる襟元、晒される首筋。
ゆるゆると些か遠慮がちに触れる指は、あぁほら、綺麗だ。

「今だけ私を見ていて下さい」

小さく音を立てて口付ける。長かったり短かったりと緩急を付けながら、それは飽きることなく何度も繰り返され、その度に柔らかく微笑む。
同時に走る感覚に少しずつ落とされそうになるのを必死に堪え、出来るだけはっきりとその名を呼ぶ。

「――…季信殿」
「違う」
「季、信」
「はい」

この従弟はきちんと名前で、それも呼び捨てで呼ばなければすぐに機嫌を悪くしてしまう。そして悪くしたら悪くしたでそれを直すのもまた一苦労するのだ。
そんな従弟殿だが、最後はこちらが折れて何でも許してしまう。結局はきっと、自分も彼のことが好きなのかもしれない。

「季は、悪くない。嫌なら、断り切れない我が悪いのだ」
「でも千徳殿は優しいから」
「優しいのは季の方だ」

自由の利く左手で彼の衿を掴み引き寄せ、今度はこちらから口付けてやった。多少強引に、且つ彼が与えてくれたものより激しく。
突然そんなことをされた当の本人は、驚きのあまり言葉を失っているらしかった。

「我はそんなに、優しい人間じゃない」



本当の優しさに溺れてしまったのは、果たしてどちらなのだろうか?







君が思うほどこの世界は優しくない



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