久しぶりに会った弟は、昔と同じように屋根の上を走っていた。ふと話がしたくなったので、近くを通りかかったところで彼を呼び止め屋敷に誘う。城だとすぐ下の弟が煩いから、口を出されないように屋敷にしたのだ。
「お前はずいぶんと、秀忠に嫌われているな」
「そういう兄上は大層好かれてますね」
大人しくついて来た弟は相変わらずからりと笑っている。命を狙われているらしいが、それすらも気にかけないのか飄々とした態度だった。
「秀忠兄上が私に刺客を寄越そうと、別に構わないのですよ」
身内が放った刺客に襲われる。
それがまるで当たり前のようになっている忠輝に対してではなく、そこまでする秀忠を憐れんだ。
何故そこまで、この弟を嫌うのだろう。
「ですが、五郎八や花井主水たちに手を出したら、」
「私は秀忠兄上を手にかけてしまうかもしれない」
一応笑ってはいるが、鬼と呼ばれた弟の目は本気以外の何物でもなかった。
きっと一度でも本気で怒らせてしまったなら、誰も止められないだろう。武芸に秀でた自分でも、天下をものにした父でも。
だからすぐ下の弟などはっきり言って話にならない。
「それは無いと信じたいな」
「秀康兄上には迷惑をかけないようにします」
優しくて素直な弟と、自分勝手で臆病な弟。
優しい鬼子は、いつかその優しさが枷となり自ら首を絞めることになるかもしれない。
でも、結局自分はその優しさを捨てろとも言えないのだ。
好かれる者と嫌われる者