「定勝殿」
「…家光様、」

呼んだ名前、振り返る君に揺れる髪、悲しげに笑う姿はいつ見ても切なくなる。こんな顔をさせているのは、自分なんだ。

「我は、貴方を悲しませるばかりです」

知っている。どれだけこの気持ちを、想いを告げたとしても、君には届かないことぐらい。
臆病なことだって知っている。母を失い父を失い、大好きだった家臣まで失ってしまったから、人を好きになることを怖がっていることも、わかっている。

「…家光、様?」
「そんなこと、なな…ない、から、」

同じ歳。でも自分には父も母も、良くしてくれる乳母も家臣も皆居る。しかし君には居ないのだ、その全てを亡くしてしまった。
そう思うと、抱きしめずにはいられなかった。一人じゃない、悲しませてもいないと、出来ることならはっきりと言ってあげたかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、家光様…」

自分の前では、こうして隠しもせず泣いたり笑ったりしてくれるのが、せめてもの救いだろう。零れ落ちる滴はみるみるうちにこの袖を濡らす。

「平八っ…!」

呼ぶその名は、直江平八景明。きっと彼はこの世で唯一、君に愛された人。今も忘れられないくらい焦がれているのがその証拠。
例え他の誰かに涙を流すのだとしても、それを許すたったひとつ場所が自分なら、それでも構わない。


ねぇだから、せめて傍に居ることだけは許して。








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