谷川+あさひ+とき





※水上がまだ谷川だった頃の話






新しい弟分が出来るのだと聞いた時は、正直嬉しかった。
でも、それが誰かの犠牲を伴っていると知った時、すごく苦しくなった。



「新しゅう新幹線出来るんだろ」

高崎駅の事務室で唐突に谷川が切り出した話は、まだ完全な形を成形していないのものだった。
走行区間や使用車両は決まっていても、まだ運行本数や詳細なダイヤは決定していない。決まっているのはただ、上越新幹線に新たな新幹線の愛称を持つ新人が出来るということだけ。

「まだ名前は決まってないが、」
「名前なら、決まってる」


「『たにがわ』だ」

そう言った谷川に、あさひとときは首を傾げることしか出来なかった。
言葉を聞いただけなら、今目の前に居る谷川が、新幹線として昇格するようにしか聞こえない。でもそれはあくまでも特急からの昇格であって、新人ではないのだ。

「この名前を持つ新幹線が生まれる。そして『谷川』の名を持つ俺は名前を変える、それが上の決定だ」
「じゃあ谷川は…」



「俺は『水上』になる」


東日本の新幹線にとって、名前は足の速さを決めるものではなく行き先を決めるものだ。己のレールの終点を決める、大事なもの。
そこへ使う名前に、慣れ親しんだものを持って来る上の気持ちもわからなくはない。現にあさひもときも、それを踏襲している。

「そこでひとつ、頼みがある」


「新しく生まれる新幹線を俺の弟にしたい」

谷川にしたら、ささやかな願いだった。
慣れ親しんだ名前をまだ顔も知らない新幹線にあげるというのに、それを恨むでもなく受け入れた。

「俺のこの名を持つ、義理の弟にだ」
「…私たちとしては構わない」
「…でも、新しい子の意思があるでしょ…?」
「だから、新しい奴が受け入れてくれるなら、って話だ」

新しい新幹線、『たにがわ』が『水上』となる彼を受け入れてくれるのならば、ぜひ弟にしたい。そう言っているのだ。
あさひとときにその申し出を断る理由も、権限も無かった。誰かが生まれて、誰かが悲しむ。そんなこと、あってはならないから。

「大丈夫。上越の子だもの、絶対谷川君を好きになってくれるよ」
「谷川、変なこと教えるなよ?」

「…ありがとう。とき、あさひ」

そう言って笑った谷川を、あさひとときは優しく抱きしめた。声も出さないで泣く音だけが、ただ部屋に響いていた。

在来特急と新しい新幹線が顔を合わせるのは、まだ先の話。















「…上越線、特急水上だ」
「じょうえつしんかんせん、たにがわです」
「ようこそ上越へ、たにがわ」

低い頭を水上が撫でれば、たにがわは嬉しそうに笑う。

「えへへっ…でもね、はじめてじゃないよ?」

「じょうえつのことは、みなかみにーがいっぱいおしえてくれたから」
「え…?」

たにがわが得意げに言ったその言葉に、水上は思わず疑問符を浮かべた。意味がわからない、といった表情の水上に対したにがわは言葉を続ける。

「だってみなかみにーは、たにがわのおにーちゃんでしょ?」

満面の笑みを浮かべるたにがわの言葉にようやくひとつの違和感を認識する。誰も教えていないはずなのに、初めて会ったばかりなのに、たにがわは水上を兄と呼ぶのだ。
可能性があるとすれば、それはただひとつ。

「…名前が、覚えているのか」
「えー、なになに?」

『谷川』という名前が、文字を『たにがわ』に変えても上越のことを、そして『谷川』であった『水上』のことを覚えている。

「――俺がお前の兄だ。いいか、誰よりもその名前を大事にしろ。そして、」



「そして、誰よりも愛されろ。たにがわ」
「うんっ!」

それが上越新幹線『たにがわ』と、特急『谷川』とかつて称していた特急『水上』との、初めての約束だった。




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