函館+東豊







南北に頼まれたのは、いつの話だっけ。

『豊に、東豊にもっと広い世界を見せてあげて欲しいんだ』

南北の隣、東西と交差する地下しか知らない東豊に、たくさんのものを見せてあげる。
それは、始めてから今年で何年目に入ったのだろう。





「東豊、どこか行きたい所はある?」
「…小樽、運河とか」
「行きたい?」
「行きたいというよりは、この前テレビでやっていたので思い出したぐらいです」

カタカタとキーボードを打つ東豊の指を横から眺める。ある程度打ち込んだら、隣にある書類を何枚かめくりまた彼は液晶画面と向き合う。
俺は淹れて貰った珈琲を少しずつ飲みながら、仕事を黙々とこなす東豊の邪魔にならないよう静かに報告書へ目を通す。

「それで、函館は何をしに来たのですか?」
「さっきの話もあるし、東豊とお昼一緒に食べようと思って」
「そうですか」

タンッ、とエンターキーを押した所で内線が鳴り響く。電話に出た東豊の声がほんの少し嬉しそうだったから、きっと相手は南北か東西なんだろうな。
口にはしないけれど、東豊は結構兄たちのことが好き。(たぶん)甘やかされて育った割には口も悪くないし、我儘も言わない。すごく、いい子。

「…気持ち悪いです、その顔」
「え、えええぇぇええ…!?」
「外ではしない方がいいですよ」

いつの間にか受話器は元に戻されていて、東豊がさらりとそんなことを言った。俺は慌てて顔を触る。そんなに危ない顔をしてたのだろうか。
むにーっと頬を引っ張ったら彼が小さく笑った。

「あまり引っ張ったら赤くなりますよ?」
「赤くなったら東豊に冷やしてもらうから」
「意味がわかりません」

へらりと笑えば、彼は時計を見た後に俺へと手を差し出す。

「な、何…?」
「お昼、食べるのでしょう?少し早いですが、その分早めに休みを切り上げれば問題ないですから」

俺の方が何十歳も年上なのに、時々こうして東豊の方がしっかりしててなんだかそわそわする。
もっとしっかりしないと。そうは思うのだけれど、やはりいつも自分に甘くしてしまうのだ。

「函館?行かないのですか?」
「…行くよ。うあー、今日は何にしようかな!」

ゆっくりと取った東豊の手は、自分と比べたらずいぶんと綺麗で、小さかった。

(ねぇ南北、少しは東豊の世界が、高く広くなっているかな)




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