つばさ+こまち+やまびこ
※はやてが生まれる前の話
いつまでも子供じゃ居られない、大人にならなきゃ。そう思ったのは、きっとあの人が居なくなってしまった時から。
「大丈夫、俺が指揮取るから200系併結させろ」
「この時間なら俺が福島にいるからE1系の単独、仙台行き走らせる」
「報告書、郡山より南ならなすのに回せ」
「上野ー大宮間のトラブル?上越の奴らに連絡入れて見てもらうようにしてくれ」
やまびこが倒れた。
東北新幹線の中心として、彼が普段処理している仕事は多種多様に渡る。
俺やこまちといったミニ新幹線との併結運転、その他に自身の単独運転。東北新幹線全体の状況、業務等の報告書作成と提出。トラブルが起これば現場に駆けつけ、現状把握と対応策の提示に必要とあれば乗客の誘導等。
これまでは一人じゃなかったからこなせていた仕事だが、一人となった今では負担が大きすぎた。
「つ、つばさ君っ…!」
「こまち、どうした?何かあったか?」
「これ、自分の区間だけだけど報告書。あとお昼食べてないと思って、おにぎりなんだけど…」
手渡された弁当箱には手作りおにぎりが入っている。こまちの所で採れたお米なんだろうなぁ、なんて思いながらとりあえず鞄にしまい込む。
「悪いな、あとで食べる」
「ううん…それより、無理しないでね…?」
「あぁ」
「つばさ君まで倒れたら、やまびこさんもっと悪くなると思うから」
こまちが言った言葉の意味が咄嗟に理解出来なくて、ひとまず「わかった」とだけ返事をした。
その後、ダイヤ乱れや気象情報、奥羽本線の運転状況確認を行い、少しだけ時間があったから車両センターに向かった。
「……お、ば、あおば…」
部屋に入った途端、耳が痛い。
彼の手がふわふわと空中をさ迷う。手が、声が、心が、全てがあの人を捜している。
小さく名前を呼んで、短くなった髪に触れた。
「――…あ、つばさ、だ…」
「やまびこ、俺これから上りで今日は帰れねぇから」
「ん、ごめ…なぁ、」
「謝るくらいなら早く治せよ」
「う、ん…」
熱がある所為でぼんやりとしているのか、視点はあまり定まっていない。でも今の顔が見られない分丁度よかった。今の顔は、見せたくない。
頭に乗せてあるタオルを再び冷水で冷やし、固く絞ったらまたやまびこの頭に乗せる。
「……あ、おば…」
「――…もう、いないんだよ…やまびこ」
やまびこの髪が黒から黄色になったのは、いつのことだっただろう。少しずつ、少しずつ変わって行く世の中に、俺たちはまだ追い付けていない。
早く、大人にならなくちゃ。
ハンガーにかけられているやまびこの制服、でも腕章は彼のものじゃない。
ふと思い出して、自分に割り当てられている部屋から同じ制服を持ち出して東京へ向かった。